『ヒト』を最適化しよう。

ザンバイ『あんたの幸せも考えたらダメですか!!!?』

私と友人との関係について、ピタリと言い当ててくれている本がある。『人生を変える『心のブレーキ』の外し方』にはこうある。

たとえば、あながたかなりのヘビースモーカーだとします。あなたの親しい人達もタバコを吸っています。ある日、あなたは禁煙を決意します。『今日から禁煙するんだ』と宣言すると、友人たちはどういうリアクションをするでしょう?『無理無理、オレなんか毎月禁煙宣言しているよ』『いきなり禁煙するとストレスたまるよ。ちょっと減らすだけでいいじゃない』『もうこの年でいまさらやめても意味無いって』挙句の果てには、あなたの横顔にフーっと煙を吹きかけてからかうでしょう。

 

しかし、この友人達には、本当は悪気はないのです。ただ”現状維持メカニズム”が働き、 “今まで同じグループだった誰かが変わっていくことを怖れているのだ”ということに自分では気づいていないだけ。それでもあなたが禁煙を実践すれば、友人たちはしだいにあなたから離れていきます。物理的にではなく、心理的にです。

 

しかし、最悪のシナリオは、友人を失うことではありません。禁煙をすることで、友達の距離が”なんとなく”遠くなりつつあることをあなたは感じる。さびしいと感じる。そして、せっかく高い志を持って禁煙をはじめたのに、『やっぱり、急な禁煙はかえってよくないな…』などと勝手に言い訳を作り上げて、もとの喫煙者に戻ってしまうのです。あなたがプラスに成長することを、無意識的にでも邪魔してくるような人たちは、そもそも”友達”と呼ぶに値しないのです。もし、あなたにそんな友達がいなければ、禁煙という目標はスムーズに実現したことでしょう。

 

徹底的なキャストにフラットな魔法をかけられ、ゲストボケした友人。彼らは、ゲストのあまりの居心地の良さに、己の実力を見誤った。例えば誕生会。ある人間は、『別に細かく取りきめなくたって、なんだかんだ皆集まるからいーんだよ』そう言って、取り仕切る人間や、前回の反省点を活かそうという熱心な人間を、突き離した。だが彼こそは、見事に見誤ってしまっていた。つまりフラットを求めた我々のグループは、いつの間にか、皆がそういう勘違いをするようになってしまっていたのだ。裏で、企画し、反省し、志し、熱心に、熱く、努力する『大黒柱』の様な人間が存在するということは、考えもしなかったのだ。

 

このことを前回『魔法が効きすぎた』と表現した。外部の先輩(どれも自分で会社を起こすような人間)や、見る目がある人はそれを見抜いていたが、あまりにもフラットにされているから、大体が『キャスト』が誰か見極められない。それぐらい、フラットに徹底していたのだ。だから当人たちや、見る目の無い部外者たちは我々を評価する時、『統率力のあるグループだ』と過大評価してしまっていた。 だが実際は、『大黒柱』たる、『キャスト』がいたのである。

 

挙句の果てに、私が彼らにかけられた言葉はこうだ。

『(私が会社を起こした時、起業おめでとうを言う前に。どこか見下した口調で)利益出てんの?』

『一人でやっていくのは絶対無理だから』

『お前、他の連中とは違う、特別な人間だと思ってんのか?』

 

『(私が仕事に必要な許可、資格を取ろうとしていることを知ると)まあ、そのやり方は他の奴もやったけど、結局ダメだったけどね』誰一人、『お前なら出来るよ。』とは言ない。まさに、本に書いてある通りの事実を体験したのである。本にもある通り、たしかに彼らに、悪気はない。それは私もわかっている。だが、彼らが『付き合うべく友人ではない』ということもまた、紛れもない事実なのだ。

 

10年も付き合った友人達だから、それはそれは、もちろん葛藤した。本を渡す時は、ストレスで体調も崩した。だが私は、いつまでも偽りの人生を生きるわけにはいかなかった。私を選んだ、社員の為にも。いずれ生まれる、我が子、子孫の為にも。ある全国展開する実力を持つ経営者は、趣味のガーデニングをしながら、記者に答えた。『植物もね、人間と似ているんですよ。水をあげないと、枯れてしまう。でもね、あげすぎても、腐ってしまうんですよね。』私の事例をぜひとも参考にして、友人との関係を、見なおしていただきたい。きっと役に立つだろう。

 

『あんたの幸せも考えたらダメですか!!!?』

 

本にはこうも書いてある。

私は、人に感謝するとか、人を愛するとか、人を思いやるというような、自分を超えて人を思う温かい心というものは、 “本能”ではないと思っています。生まれつき、当たり前のように備わっている能力ではない。人間として、努力して身につけていくべきものなのです。

 

特定のキャストだけが仲間の絆を強く考え、努力してもダメだ。もしその選択肢を選ぶなら、必ずその人物をリーダーにしなければならない。それが嫌で、本当にフラットな関係を求めるのであれば、責任も平等。一人残らず全員が、仲間を想う努力を、怠ってはならない。この世に、『指揮者のいないオーケストラ』は、アメリカの『オルフェウス管弦楽団』しか存在しない。フラットな人間関係が魅力の一つである『麦わらの一味』でさえ、リーダーはルフィだ。ヒエラルキー(階級性)かフラット(全員対等)か。そのグループの目的や存在価値を再確認し、正当、的確な判断をするべきである。

 

このことを考えることは、必ず、有意義な内省になる。”適材適所”の絶対的な重要性を、思い知る内省になるだろう。全員が平等の能力ということは、まずあり得ないのだ。ある人は料理が出来て、ある人は感性が豊である。ある人は協調性に溢れていて、ある人は研究・発明に熱心である。ある人は攻め、ある人は守り、ある人は指導者にふさわしい。麦わらの一味然り、それらの評価が正当に行われているグループは、圧倒的な強さを、発揮する。感動的なドラマを、創りだす。それ以外の関係性は、個性が死に、埋もれ、足を引っ張り合うだけの、好ましくない関係だという事実から、目を逸らしてはならない。

 

 

Vアニメ「ワンピース」15周年記念!15の名場面で綴る感涙PV
※画像は以下の参考文献から引用しています。
 
一言
この記事は2009年に書いたものです。とても未熟な時期に書いたものなので、いずれまた修正いたします。またこの記事は運営者のワンピースに対するリスペクトの想いから書いていますが、もしこの画像の著作権が問題になる場合は、画像をすぐに削除いたします。