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サンジ『…たとえ死んでも おれは女は蹴らん…!!』

私は中学生一年生頃までは、親に”制圧”されていた、あるいは、”支配”されていた、と言っても過言では無かった。私の親は確かに、愛に溢れていた。『育児』放棄など絶対にしない。しかし、『教育』という面では首をかしげざるを得ない。『育児』と『教育』は、違う。

 

まず、『キリスト教』という宗教問題がそうだ。それを私が拒むのを、断固として許さない。冷静に考えて、心底から嫌がる子供に、しかも『宗教』という極めてセンシティブな考え方を押しつけるのは、いささか、過剰である。私が”力”を暴れさせないことをいいことに、反発する私を、”力”づくで押さえつけようとするやり方は強まる一方だった。ある日の中学二年生の頃。物ごころが未熟な時は最愛だった親への不信感がピークにあり、親の言う事を聞かなくなった私を母親がいつものように怒鳴り散らし、最後に平手打ちをしかけてきたその時、私は初めて、その平手打ちを予知し、そして防いだ。

 

その瞬間、それまで”力”任せにいきり立っていた母親は、一目散に、私と反対方向の自分の部屋へ逃げるように入っていった。興奮していた私はこう思った。

 

(今こそ今まで我慢してきた鬱憤を、晴らす時だ!)

 

私は鍵のかかった木製のドアを思い切り蹴飛ばした。1回、2回、

『出てこいコラぁ!!!!! 』

 

3回、4回、ドアはミシミシと音を立て、今にも壊れて破れそうだった。すると中から声が聞こえてきたのだ。それは私にではなく、父親に対しての電話の声だった。生まれて初めて聞くことになった、父に助けを求めるその怯えた声は、 “母親”ではなく、一人の”女性”の声だった。その時の声は一生忘れることはないだろう。

 

私はその瞬間に悟ってしまった。”男”と、”女”の違いを。”親”と、”子”の、何たるかを。以来15年以上、それ以上の問題は腐るほど起こったし、母親は、現時点でもいまだに”力”任せに物事を解決しようとする弱さがあるだが、それ以来私は、 “力”任せに訴えることはなくなった。特に女性に対して、それは当然、母親も例外ではなく。

 

“男”は、”力”の使い方を見誤ってはならない。”力”が暴れてしまう状態を、”暴力”と書くが、自分の”力”一つ支配できないで、”男”を語ることはできない。

 

『厳しくなければ生きていけない。でも、優しくなければ生きる資格はない。

』by恩師

 

『そんな”騎士道”持ってるためにあんたの命まで取られちゃうって言ってんの!!!こんな目にあってもまだ貫くの!?死んだらどうすんの!?』

 

『別に死にてぇとは思わねぇ……ただ女は蹴ったらいかんもんだとたたき込まれて育っただから………たとえ死んでも おれは女は蹴らん…!!』

 

 

 

Vアニメ「ワンピース」15周年記念!15の名場面で綴る感涙PV

※画像は以下の参考文献から引用しています。

 

一言

この記事は2009年に書いたものです。とても未熟な時期に書いたものなので、いずれまた修正いたします。またこの記事は運営者のワンピースに対するリスペクトの想いから書いていますが、もしこの画像の著作権が問題になる場合は、画像をすぐに削除いたします。