『ヒト』を最適化しよう。

美輪明宏『親が悪口を言い合えばそのまま子供にインプットされる。親が暴力をふるえば子供も暴力をふるう。三つ子の魂百まで。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

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ふむ…。

考察

三つ子の魂百までだ。まずはそこを脳裏に焼き付けたい。最近では、それが『いや、2歳までだ』という意見もあるが、どちらにせよ、2、3歳までに親が子に与える影響で、その子供の命運が決まると肝に銘じなければならない。

 

私のことで考えてみる。私は、両親からクリスチャンになることを強要されて育ち、親から理不尽な暴力や隠蔽をされた経験がある。私の中では、それらの経験が私の今の人格形成に大きく景況を与えていると考えていて、しかしだとしたら、それは6歳以上の時に起きた経験なのだ。

 

だから、2、3歳の時に受けた影響というより、それ以降に起きた経験の方が、私の人格に強い影響を与えているように思える。

 

もし私が2、3歳の時に与えられていた影響に支配されていたのであれば、今頃私は、親と一緒にクリスチャンになっていてもおかしくはない。妹などはそうなっているわけだから、親から与えられた影響が大きいということを考えれば、普通に考えてそうなる。

 

 

しかし私はクリスチャンではない。だとしたら、『三つ子の魂百まで』という話は、全て嘘になるのだろうか。いや、もしそれでもその言い伝えや、美輪明宏の言葉の意味を考えるなら、目を向ける場所を、もっと深層に向き直す必要がある。

 

 

『クリスチャンを強要されたから無神論者になった』とか、『理不尽な暴力や隠蔽を受けたから洞察力がついた』とか、そういうことではなく、それよりももっと深い心理に目を向けるのである。

 

だとしたら、思い当たる節がある。以前付き合っていた彼女に、こう言われたのだ。

『わかった。あなたは育ちがいいんだね。』

 

 

一体何を言っているのだろうか。私は確かに、刹那にはそういう感想を抱いた。しかし、私も頭の回転は遅い方ではない。次の瞬間には、彼女がなぜそのタイミングでその発言をしたのかが、大体わかったわけだ。つまり、それこそが『私が親から受けた影響』だったのである。

 

彼女は、不良だった。そして私も、不良だった。表層的には、同じ枠組みだった。しかし、私と彼女が決定的に違うのは、私は『真面目に不良をやっている』のであり、彼女は『自然に生きていたら不良の枠組みに入っていた』ということだった。

 

私はとても極端な性格である。従って、『不良をやるならとことんやる』という性格だった。だからもし戦争的な喧嘩が起きるなら(それは結局なかったが)、素人の格好をして、相手の首を掻っ切ればいい、という発想をする人間だった。

 

この『素人の格好をして』というところがポイントだ。これは、『真面目に不良をやっている』人間にしか出来ない。往々にしてその辺にいる不良は、見栄と虚勢に支配されているので、恰好が命になっているケースが多い。それで周りを威嚇し、自分のアイデンティティを確立しようとするのであり、その命綱である表層を格下げして、舐められる可能性のある『素人の格好をする』というのは、プロの殺し屋のような人間にしか出来ないわけだ。

 

プロの殺し屋というのは、『すみません…』と言って表層で謝っておきながら、表層の価値を相手に譲り、相手が油断したところで、サイレンサー付きの銃でプスっと音も立てずに、撃ち殺し、その場を何事も無かったかのように去る。こういうことが出来る人間なのである。

 

 

もちろん私はそこまで大げさな事件になる前に道を改めたが、私の様な完璧主義で、極端な人間は、値が真面目だから、『やるならその道を究める』ということで、間違いなくそういう方向に行った。

 

しかし彼女は、『そこまでする覚悟はない』ということなのだ。ファッション感覚で髪を染めて煙草を吸い、露出の多い服装でクラブに行って、夜遊びをする。この様な行為で、十分満たされていたのである。

 

そこが私との決定的な違いだ。私も同じように10代、20代は遊びまわったが、しかし、根っこにあったのは、虚無だった。つまり、根っこにあるはずの『真面目で真剣な愛』が、自分が取っている刹那的な行動と矛盾していることにより、虚無を覚えていたのだ。

 

彼女ともなると、距離が近づくわけだから、私のそうした深層心理に根付いた『真面目で真剣な愛』にふとしたタイミングで触れた時、彼女は、

『わかった。あなたは育ちがいいんだね。』

 

と発言したのである。

 

私も振り返ってみると、なかなか波乱に満ちた半生を送った。物心がついた後に親から受けた影響も、私の人格に多大なる影響を与えた。しかし、私は感謝しなければならない。この、心底の根底に植えついた『真面目で真剣な愛』は、何を隠そう、私の両親が注いでくれたものなのである。

 

彼らは親である前に、人間だった。人間が生きていく為に、宗教に頼ることはよくあることである。彼らは彼らなりに、一生懸命私を愛してくれていたのだ。その『真面目で真剣な愛』の形はたまたま私に合うものではなかったが、彼らが降り注いでくれた愛情の核にあるものは、決して間違っていなかった。

 

 

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