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安岡正篤 名言/格言

安岡正篤

 

安岡正篤とは(画像

日本哲学者。生誕1898年

 

 

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安岡正篤の言葉

 

 

『我々の生活が自堕落になったとき、心から馬鹿と叱ってくれる畏敬する人を持つ者は幸いだ。』

 

カテゴリー:友情/仲間

要は、そういう『メンター』、つまり、精神面を指導してくれる師匠のような存在は、普通、『いない』のである。それが、『いる』ということであれば、それは当然幸せなことだ。

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『いい年になったら早く後継者にその地位・財産を譲って、真実の生活に入るべきものである。 』

 

カテゴリー:自己/精神

注目したいのは、『真実の生活』である。これを見逃すことはできない。まるでこの言葉は、人為的な概念からの縛りから解放された後、本当の人生が始まるのだ、ということを示唆している様に見受けられる。

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『自己の内面に満足なものを持たない者ほど外物に憧れる。』

 

カテゴリー:自己/精神

だからあまり表層的なものが派手に修飾されていたからといって、その飾りに目を奪われてはならない。奪われてもいいが、それは往々にして『奪うため』に飾られていて、だとしたら、それは相手の思うつぼである。

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『西洋でも東洋でもそうだが、有為有能な人に共通しておることは、惰眠をせぬことである。』

 

カテゴリー:自己/精神

『惰眠(だみん)』とは、怠けて何もしないでいる、という意味。何も、『眠るな』などとは一言も言っていないわけだ。

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『人生航路において辱めを受けたり、運命に恵まれなかったり、因果に支配されても、すべて天命と受け止めよ。』

 

カテゴリー:時間/運命

『人生航路において辱めを受けたり、運命に恵まれなかったり、因果に支配されても、すべて天命と受け止めよ。食うもの、衣(きる)もののない貧乏生活であっても、楽しみをその中に見出せ。』

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『偉くなることは、必ずしも富士山のように仰がれるようになるためではない。なるほど富士山は立派だけれども、それよりも何よりも立派なのは大地である。』

 

カテゴリー:知性/知恵

限りなき谷やら川やらを載せてあえていとわない。常に平々坦々としておる。この大地こそ本当の徳である。我々もこの大地のような徳を持たなければならぬ、大地のような人間にならなければならぬ。

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『古い友人を持っておる者ほど本物だが、たえず新しい友人を漁って歩く者は、それが順境にある者ほど偽者だ。』

 

カテゴリー:友情/仲間

たえず新しい友人を漁る人間が軽薄であることは、想像にた易い。そして、その状況が自分にとって順境でも、相手にとって順境でも、両方とも怪しい。

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『本当の学問や修養というものはこれは禅でも儒でも同様で、人間と人間、精神と精神、人格と人格が火花を散らすようにやる。』

 

カテゴリー:自己/精神

わかったのか、わからぬのか、ノートをとって、またそれを受け売りするなどというような学問や学校勉強は、これは雑学・俗学というもので、いわゆる学問・求道の中には入らない。

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『子供は言説で教えるよりも、情的に感じ取らせることの方が大事なのです。親父は千言万言を費やして説教するよりも、黙って子供に見せることであります。』

 

カテゴリー:教育/愛情

つまり、『言葉』というのは、『記号』なのである。『記号』というのは、人間が認識できる文字や図形のことだ。

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『枝葉末節のものほど、非常に移り変わりが激しいから影響力が大きく見えるが、 それはまことに陰であり響であって空しいものだ。すぐに消えてしまう。』

 

カテゴリー:知性/知恵

枝葉末節というのは、本質から外れた些細なことの意味。つまり、『真理と流行』で考えればわかりやすいはずである。

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