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武者小路実篤『心の美しい者は、皆に愛されるのは事実である。そして恐らく運命にも愛されるであろう。』

武者小路実篤


日本作家 武者小路実篤画像

 

名言の意味を考えて、偉人の知恵を自分のものにしよう!



 

 

考察


この言葉は、『最終的に理解する言葉』だ。最初はこれを信じた。なぜなら、親が幼い自分に、そう言い聞かせるからだ。

 

しかし、自我が発達してきた頃、自分の意志で物事を考えるようになり、 そうすると、『正直者が馬鹿を見る』光景を何度も目にしてきて、その光景を『現在の自分の頭で処理』し、そして『間違った答えを捻出』してしまうようになる。

 

まだ、経験がないのだ。だから、目の前の光景をただストレートに受け止めてしまう。そこに『事情』というものを加味して考えられない。

 

例えば、『いじめ』だ。何もしていない愛されキャラの人間が、いじめを受けているのを見た。自分もその対象にならないように、見栄を張って『自分は強い』と誇示するか、あるいはいじめっ子に媚を売って、味方側になるか。どちらにせよ、そのいじめられっ子の敵に回ることになる。(お前が悪いんだよ)と言って、弱肉強食の世界を崇拝するようになる。

 

しかし傍観者と虐められっ子は、そうは言っても心底の部分ではいじめっ子を憎んでいて、成長するにつれ、後で振り返って、そういう人間を強く非難する側に回り、仕返しをするとか、手助けなんかする必要ないとか、そういう風な見解を持つようになって、とにかく今度は『敵側』に回るようになる。

 

この時点でも、まだ『加味』出来ていない。自分の心の都合だけで物事を考えるところから脱却できていない。自分の心が、何らかの外部要因の影響によって、強制的に歪められる、という経験を積まない以上、いじめっ子の気持ちを理解することは出来ない。

 

 

理解しないのであれば、この世から永久に『いじめ』がなくなることはない。ただ、いじめっ子を一方的に非難するのは馬鹿でもできる。小学生でもできる。しかし、本当に教育を理解している人間は、いじめが起きた時、『原因は双方にある』と考えて、そのどちらの心理も『加味』して考慮し、そのどちらも改善するように努めるよう促す。

(もしかしたら、自分は『愛されキャラ』でも何でもなくて、相手が何か嫌がることを無意識に押し付けたいたのかなあ。)

 

とか、

(もしかしたら彼の実家では今、とんでもないことが起きていて、彼もいっぱいいっぱいなのかなあ。)

 

とか、いくらでも考慮できたはずだ。それなのに、目の前で起きてしまった事実だけをピックアップして揚げ足を取り、人生の堕落者扱いをするというのは、およそ教育者を語るに相応しくない。

 

まさに私が、その誤解を受けて来た人間だ。そして、人間というのは実に愚かだ。なんと、それはついこないだ、29歳まであった。実の母親が、私が吃音症の部下を厳しい口調で(その延長線上にいるお客のことも考えながら)戒めている時、それを断片的に見た母親が、『あなたの言葉を聞いていると不愉快になる』と言って、私の教育を完全に否定した。

 

しかし、母親はそれまでの5年間という部下との壮絶な時間の間に、何があったかを何も理解していないのだ。『母親の耳に居心地のいい言葉』など、入社当時に既にやっていることなのだ。

 

なぜ、それを私がやらずに、いきなり部下を怒鳴り散らすような教育をしていた、という風に想像してしまったのか。これでは親を語る資格はないのである。

 

そしてこの部下も部下だ。彼はまさしく、当社に入社するまでは、『愛されキャラ』を自負するような男だった。しかし実際は、甘えが骨の髄にまで染み込んだ馬鹿だった。

 

つまりこういうことだ。

 

私は、彼を『正当に評価』した。しかし、その結果、周囲の者から批判されることになった。直接言う勇気がある者はほとんどいないから、裏で言ったり、あるいは、私の怖さを知らない母親などは、そうして直接ぬけぬけと言い放った。

 

そして、吃音症のこの部下は、『その図式』にとことん甘えた。こんなクズはいない。つまり、私が『鬼、いじめっ子、暴君』であり、自分が『いじめられっ子、可愛そうな子、同情されるに値する子』という図式にだ。

 

損をする覚悟がなければ教育など出来ない。真実は、そうした私の心の在り方が正しくて、事実を曲解した周囲や、都合の良い図式に甘んじた部下の側が間違っているのは明白。

 

私は、一歩間違えれば『正直者が馬鹿を見る』という格言に浸り、被害者ヅラをして人生を生きながらえただろう。

 

だが、私は絶対に被害者ヅラをしないと決めたのだ。私が一度決めたら、もう死ぬまで絶対に変えない。私が自分の正当性を主張しなければ、理解できない周囲には、ほとほとウンザリはしていた。していたが、しかし、誠意を持ってそれを説得し、あるいは、時に暴力の影もちらつかせて、

『今すぐお前ら全員ぶんなぐって力づくで言い聞かせてもいいんだ。だが、そしたらお前ら訴えるだろ。それに、それをしたら俺が悪い事になってしまう。曲解したそっちが悪いのに。』

 

という念を込めて、淡々と、しかし頑強な意志の表示をしていくことで、曲解していた彼らは、その頑強な意志と時間という甚大な力を前にし、

(もしかしたらこいつが正しいのかもしれない)とか、そういう方向に思慮が傾きだしていったのである。

 

母親のことで言うなら、あれから2年経った今は、もうその時のことを悔いていて、まるで罪滅ぼしかの様に、私の機嫌を取りながら毎日を過ごすようになった。

 

母親はクリスチャンなので、目の前に邪悪な心の者がいることが耐えられないのだ。つまり、以前の曲解されていた私が、その邪悪そのものだった。しかし、真実は違った。私が邪悪に見えたのは、

 

真実こそが邪悪で、それを鏡の様にピタリと正当に映し出していた私の心が、邪悪に見えていただけに過ぎなかった。

 

 

しかし母親や周囲は、(こいつがそんな卓越した鏡であるわけがない)と考え、(こいつが邪悪だと考えた方がつじつまが合う)という方向に思慮を傾けた。その結果、真実から目を逸らさずに、病気とも向き合って、誠心誠意、戦いに挑んでいた人間を、『不愉快だ』と言って、揶揄して切り捨てたのだ。

 

心の美しいものは、皆に愛され、運命にも愛される。これは、『最終的に理解する言葉』だ。『途中』は、混迷の中、さまようこともあるだろう。『愛されキャラ』などという、何の根拠もない『エセ』ではなく、『本当に心が美しい』のであれば、必ず運命は彼の味方をする。

 

 

※この文章は全てオーナー独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

 

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著者:一瀬雄治(Yuji ichise.)

 

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