名言を自分のものにする

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カテゴリー『八佾』

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

 

 

『目の前の権力に屈するのではなく、自分の命に従え。』

 

第三-十三:子曰わく、然らず。罪を天に獲れば、祈るところなきなり。

この『権力』というのはわかりやすく、実力者のことである。地位、名誉、財産を得ている、権力者のことである。『自分の命』というのは、『たった一度の自分の人生』ということだ。

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『本気で人を愛したり、憎むことが出来るのは、愛があるからだ。…と言い聞かせよう。』

 

第三-二十一:子これを聞きて曰く、成事は説かず、遂事は諫めず、既往は咎めず。

よかった。私は自分が不良出身ということもあって、怒るときは相手を殺すぐらいの気迫で怒鳴りつけ、高齢だったら高血圧か何かの負担で自分を痛めつけるほど、激情的な性格である。

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『正の遺産か負の遺産。どちらかしか遺せないのなら、どちらを選ぶか。』

 

第三-十四:子曰く、周は二代に監み、郁郁乎として文なるかな。吾れは周に従わん。

孔子の教えである『儒教』というのは、孔子が始祖ということになっているが、もともとは『周王朝』にあったという。孔子は祖国を厚く信仰していた。その理由は、周王朝が衰微こそしていたものの、その代わりに教育にとても力を入れたからだ。

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『礼儀が無いなら、それは戦争(人の道に外れた行為)である。』

 

第三-十六:子曰く、射は皮を主とせず。力をなすに科を同じくせず。古の道なり。

スポーツの後に、その勝敗に納得がいかず、敵のサポーターや選手を殺す事件がある。あれが行われてしまうようではスポーツとは言えない。

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