名言を自分のものにする

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カテゴリー『衛霊公』

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

 

 

『友達になった途端に「金を貸してくれ」?もう言わなくてもわかるだろう。』

 

第十五-四十:子曰わく、道同じからざれば、相い為に謀らず。

金を貸せなどという人間が友達かどうかということは、考えればわかるはずだ。『友達』である。『友達ではない』と言いたいところだが、事実、『友達』などそんなものだ。というか、『人間』がそうだ。だから人間を過信してはならない。

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『世間の評価が正しいなら、キリストとソクラテスは処刑されて当然だったということになる。』

 

第十五-七:君子なるかな遽伯玉、邦に道あればすなわち仕え、邦に道なければすなわち巻きてこれを懐にすべし。

ソクラテス、キリストは無実の罪で大衆に処刑された。しかし当時の大衆は、彼らを『無実』だとは思わなかった。孔子も『出世をもくろむ口先人間』と罵声を浴びせられたこともある。ヒンズー教のカースト制度に異論を唱えたブッダの教えである仏教も、結局そのカースト制度の最下位に取り込まれたという。

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『何かが魔法をかけて世を良くするのではない。人が世の中を変えていくのだ。』

 

第十五-二十九:子曰わく、人能く道を弘む。道の人を弘むにあらざるなり。

法律や道徳教育が世の中を変えるのではない。それにもかかわらず、世の中が変わらないのはそういったものを含めた、一切の外部要因のせいであると思い込んでいる人間が大勢いる。

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『5合目が晴れているからといって、その先の天気も晴れということにはならない。』

 

第十五-十二:子曰わく、人にして遠き慮なければ、必ず近き憂いあり。

山を登ってみればわかることだ。だからもし山を舐めて、軽率な準備をして登山に臨めば、すぐにこの意味を思い知ることになるだろう。ここで孔子が言うのは、『備えあれば憂いなし』ということである。

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『今の時代を生きる人は、一期一会の意味を知っているのかな。』

 

第十五-八:知者は人を失わず、また言を失わず。

だが実際に、例えば『家政婦』などの仕事はどうだろうか。ある種『召使い』のような立ち位置で仕事を請け負い、対価を得る。ベルトコンベアの前に一日中いる作業スタッフはどうだろうか。

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『水と火は”必要”だ。だが、思いやりは”重要”だ。』

 

第十五-三十五:子曰わく、民の仁における水火よりも甚だし。

中国では古くから、自然を重要視し、『木火土金水(もっかどごんすい)』という循環思想が信じられていた。木があって、火が生じて、土から金(資源)が出て、水がまた木を育てる。

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『同じことを言っているのに、ある人の意見は聞き、ある人の意見は聞かないというのはどういう了見だ。』

 

第十五-二十八:衆これを悪むも必ず察し、衆これを好むも必ず察す。

私は数年前、『年商20億円』という数字の売り上げを上げる会社の社長にこう言った。倫理の問題さえ考えなければ、俗に言う『成功者』に値する人間だ。『浮浪者と成功者が同じことを言っていたとしても、言っている言葉の意味は同じ。だから僕は差別しないで意見をちゃんと聞きます。』

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『どう伝えるべきか。十人十色の相手に対し、言葉で伝えるのは容易ではない。』

 

第十五-四十一:子曰く、辞は達するのみ。

年下が、年上に対して、友人が、友人に対して、年上が、年下に対して、男が、女に対して、女が、男に対して、それぞれからの方向は、皆、同じ言い回しでは通用しない場合がある。

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『イザというときに人間の真価が問われる』

 

第十五-二:子曰く、君子固より窮す。小人窮すれば、ここに濫る。

自分の人生を真剣に生きようとする者ほど、大変な人生を生きるだろう。だが、『大変』とは、『大きく変わる』と書く。

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『相手が無知か。自分が無知か。そのどちらを思うかで、人の器が決まる』

 

第十五-十九:子曰く、君子は能なきことを病う。人の己を知らざることを病えず。

何かあった時、相手のせいにするのは簡単だ。『子供』はよくそれをやる。しかし、何かあった時それを自分の責任だと考えるのは容易ではない。『大人』にしかできない。

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『自分がされて嫌なことは他人にもしてはいけない。』

 

第十五-二十四:子貢問うて曰く、一言にしてもって終身これを行うべきものありや。子曰く、それ恕か。己の欲せざるところは、人に施すことなかれ。

こんな当たり前すぎる言葉を内省することに意味があるのか。大有りである。むしろ、『ありふれた言葉』だからこそ、内省するべきなのだ。

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『自分より人格的に劣った者を”友”としてはならない。』

 

カテゴリー:『子罕』第九-二十五:子曰く、忠信を主とし、己に如かざる者を友とすることなかれ。

弟子が孔子のことを書いた『論語』には、同じような言葉が10近くある。これはどういうことか。では、自分より優れた者を友としようとするのなら、相手からすれば、自分は劣った存在になり、矛盾が発生する。

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『人格を育てるのは育児ではない。教育である。』

 

第十五-三十九:子曰く、教え有りて類なし。

孔子が言っているのはこうだ。『人間は教育によって大きな差が生じてくるのであって、生まれつきは類別できるような差などないものなんだよ。』

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