『ヒト』を最適化しよう。

なぜ人は『500㎏の重さ』を持ち上げられるのに、それをしないのか?

人間の成人男性というものは、実は元々、500kgほどの重さを持ち上げることが出来ると言われている。では一体なぜ『それはできない』と思いこんでいる人がたくさんいるのだろうか?Wikipedia『筋肉の出力』にはこうある。

筋肉が出せる出力はその断面積に比例し、1cm²につき、最大10kgの重量を持ち上げる力が出る。成人男性の筋肉の断面積平均は約25cm²であり、計算上、片手で約250kg、両手で約500kgの重量を持ち上げる事が可能だが、これは全力を出せた場合の数値であり、通常はリミッターによって約5分の1の力しか出ない。火事など危機的状況下では、稀にリミッター(筋骨を傷めないための脳の抑制作用)を解除し、普段の3倍から5倍の力が出る事がある。これが日本で俗にいう「火事場の馬鹿力」である。ただし、必ずリミッターが解けるわけではなく、また一時的な怪力であって、状況に左右される。

 

胴体や脚は大きな筋肉が存在するため、通常時でも一時的であれば成人男性で約200kg、成人女性で約120kgと比較的高重量を支えることができる。筋力トレーニングを積んだ者では男性で約500kg、女性で約300kgの重量を担ぐことが可能であり、パワーリフターのズルーネス・ザビッカス(英語版)は640kgの重量を担いで10フィートの距離を3秒87で歩き、世界記録に認定された。 ただし、膝を曲げた状態からこれほどの重量を持ち上げることは困難である(スクワットの世界記録は500kgに達していない)。

 

つまり、それを持ち上げると同時に、その代償を払う事にはなる。筋断裂や、骨折である。しかし『火事場』では、まず何よりも優先するのが、『人の命』であり、自分のその代償が二の次になる為、力がリミッターを超えるのである。現に、子供がマンションの上から落下して、それを見かけた一般の主婦が、オリンピック選手並みの身体能力を一時的に発揮した話は、ごまんとあるのだ。いわゆる『火事場の馬鹿力』である。

 

 

また、F1レーサーが時速300kmを超える速度で走る中、やはりどうしても、細心の注意を払っていても『横転』することがある。命が懸かったその場面。あるレーサーはまず、映像が白黒になったと言う。その究極の状況において、『色』など二の次、三の次だと脳が判断したのだ。そして、スローモーションになり、自分がその中で何をやればいいかを、冷静に判断しようとした自分がいたと言う。彼はそれでなんとか、助かったのだ。

 

自分にこのような能力があるのに、『リミッター』によってそれが制御されているということを知り、燃えるようなエネルギーを感じる人はいないだろうか。それは往々にして男性のはずだが、単純に、その事実を受け、人は燃えるべきである。何しろ人間の使命とは、その文字通り。『命を使い切る』ことだ。持てる力のすべてを出し切って死ぬ。命を使い切るためには、それが避けて通れない。

 

ショーペン・ハウエルは言った。

 

実は『リミッター』がついているのは『腕力』だけではない。人間の『知能』にも、その人次第でリミッターがつけられてしまうのだ。

 

固定知能観 自分の知能は固定されていて、もう成長しないと考えること
拡張知能観 自分の知能は拡張されていき、どんどん成長すると考えること

 

『固定知能観』とはまさに、自分でそのリミッターをつけてしまっている状態にある人のこと。そして『拡張知能観』とは、そのリミッターを外した人のことだ。

 

自分の知能は際限なくどんどん広がっていくんだ!

 

単純に、そう信じた人間からはリミッターが外れ、知能を際限なく拡張させることができるのである。私のごく身近に、『THE・固定知能観』を持って人生を生きている人間がいる。彼はもう10年以上、そのリミッターを『故意に』外さないが故、同じ場所で足踏みを続けてしまっている。これは、本当のことだ。

 

 

 

『人間にまつわる不思議な話』、『皆が知らない話』。