偉人たちの言葉に潜む『黄金律』を見抜け
運営者
考察
単純な話、オギャアと生まれてこの世に生誕する。その時、
と言う人は実に多いが、
と言う人は滅多にいない。『人間寄り』で考えれば、前者の発想が普通だ。そう考えて何が悪い。無事に生まれてきてくれたことを喜んで、何がおかしい。人として当然だ。無事に生まれることもできない命もあるのだ。喜ばない方がおかしい。
『真理寄り』で考えれば、後者の発想が普通だ。そう考えて何が悪い。何も、前者的な発想を否定などしていないのだ。喜ばしい。ただ、生まれた喜びに盲目的になり、死へのカウントダウンが始まった、という、まぎれもないもう一つの絶対的事実から目を逸らさないだけだ。
もしかしたらそのすぐ後に、両親が事故で二人とも死んでしまうかもしれない。しかし、それは最初から決まっていたことなのだ。人はいつか必ず死ぬのだ。この子もそうだ。同じだ。だとしたら、最初の呼吸が、死の初めだ。
ブッダは言った。
我々は、生まれた瞬間から、老化していて、死に向かっているのだ。絶望から逃げようとするから、『絶望』を覚える生きること、老いること、病むこと、死ぬこと、それは最初から決まっていたことなのだ。だとしたら、そこに『希望』がある(もしかしたら絶望から逃れられるかもしれない)と期待するから、『絶望』に支配される。
いいんだ。どうせ死ぬんだ。この世に生まれた一切の生命が、そう定められているのだ。しかし、それでも人は、このたった一度の人生を『悔いなく生きる』という選択肢を持っているではないか。『それしかできない』のではない。『それができる』のだ。
※これは運営者独自の見解です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
こうして名言と向き合って一つずつ内省したその数『8000』。では、なぜ「1万」ではないのか──それは、内省の後半になるにつれ、『同じ的を射る言葉』が増えてきたからです。そして私はその浮かび上がった真理を、『38の黄金知』としてまとめました。
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