『ヒト』を最適化しよう。

『ピンチ?逆境?絶体絶命?いや違う。『チャンス』だ。』(2ページ目)

 

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目次

更なる詳細を追求する

『ピンチはチャンス』の意味

『ピンチはチャンス』の意味をはき違えている人間は多い。以前、

『ピンチはチャンスっていうけど、それが本当なのかどうかはわかりません!』

 

という言葉を、妙にそのスピーチを聞いている人の目を気にしながら、ある種の悦に入りながら気持ちよさそうに語っている人がいたが、彼のその言葉のニュアンスからは、『ピンチになれば、後はチャンスが向こうからやってくるはず。』という『外部への期待』が込められていた。しかし彼は理解していない。彼は既に、そのスピーチをするチャンスを掴むために、自分自身で一歩前に出たということを。

 

 

つまり、『ピンチはチャンス』の正体とは、『ピンチになれば、チャンスという機会が待っていれば向こうから必ずやってくるから安心しろ』という意味ではない。『ピンチになれば、もう退路がなくなるから、自分の足で一歩前に踏み出すしかなくなり、その勇気ある一歩が、結果的にチャンスという機会を掴む一歩となる』ということなのである。

 

逆境を受け入れる

また、自己発見に関する世界最高の権威の一人、ロビン・シャーマの著書、『3週間続ければ一生が変わる』にはこうある。

逆境を受け入れる

 

映画スターのケビン・コスナーは、山あり谷ありの映画スター人生について聞かれたとき、『私は人生を生きている。』と答えました。深遠な答えだと思います。人生のできことや経験を善し悪しで判断して日々を送るのではなく、中立の姿勢をとり、あるがままに受け入れる決意をしたわけです。彼は人生という道を自然体でたどっています。

 

(中略)痛みを感じ、しあわせを味わってみましょう。谷へ降りたことがなければ、山の頂へ登っても、はっと息をのむような気分は味わえないでしょう。人生には真の失敗というものはなく、結果があるだけである、ということを忘れないでください。

 

人生のあらゆる困難や逆境とは、『資格試験』だ。それに合格した人間だけがなしえることがある。

 

ミスを犯さない人には意思決定などできない

世界で最も成功した投資家、ウォーレン・バフェットの著書、『バフェットの教訓』にはこうある。

ミスを犯さない人には意思決定などできない

 

世の中には、意思決定を下せる人と下せない人が存在する。そして、意思決定を下せる人はリーダーとなり、下せない人はリーダーのあとについていく。

 

(中略)たいていの場合、大成功へと続く道には、山ほどの失敗が立ち塞がっている。だから、あなたは失敗を乗り越え、前進を続けなければならない。先頭に立ちたがらない者は、他人の追走に甘んじるしかないのである。

 

まずの初期設定で、『失敗や壁にぶつかることは当たり前』というものを持つのだ。それが出来たら、もう半分この問題は解決しているのである。

 

失敗する勇気をもつ

自己発見に関する世界最高の権威の一人、ロビン・シャーマの著書、『3週間続ければ一生が変わる』にはこうある。

失敗する勇気をもつ

 

『あなたは、あなたが一日中考えているような人間になる』というのが時代を超えた真実であることを考えると、もういちどくりかえしたいのでないかぎり、過去のできごとや失敗をくよくよ心配しても意味がありません。

 

そうではなく、過去から学んだ教訓を生かして、まったくあらたなレベルの認識と悟りを手に入れてください。人生最大の失敗は、人生代々の好機になるのです。古代ギリシャの三大悲劇詩人のひとりであるエウリピデスはこう言っています。

『最大の不運の中に、しあわせが生まれる最高のチャンスがある。』

 

どうして自分だけが、と思えるくらい不公平な困難に苦しんだのであれば、あなたはその試練をとおして得た叡智が必要になる、もっと大きな目的をはたす準備ができているのかもしれません。

 

(中略)あなたがほかの人より失敗が多いのであれば、他人より申し分のない人生を送るチャンスが十分にある、ということを理解してください。他人より危ない橋を渡り、あえてさらなる危険に立ち向かう人間は、当然、失敗もそれだけ多くなります。

 

ギリシャの歴史家、ヘロドトスが賢くも言っているように、

『起こるかもしれないことを恐れてびくびくしながら無関心でいるより、半分はよくない結果に終わっても、いさぎよく大胆になって危険を冒す方がいい。』

 

のです。あるいは、奴隷から身を起こした黒人指導者、ブッカー・T・ワシントンはこう言ってします。

『成功とは、人生において得た地位によって測るのではなく、成功する為に乗り越えた障害によって測るべきことを学んだ。』

 

『挑戦しているから失敗する』んだ。失敗しない人間は、ただ勝てる勝負だけ選択して、勝ち逃げしているだけ。挑戦していないだけだ。

 

一勝九敗

『ユニクロ』を運営するファーストリテイリング社長、柳井正の著書、『一勝九敗』にはこうある。

経営は試行錯誤の連続で、失敗談は限りなくある。商売は失敗がつきものだ。10回新しい事を始めれば、9回は失敗する。成功した経営者のなかには、もっとすさまじく『100回に1回程度しか成功しない』などとおっしゃる方もいる。

 

『現実』はいつでも非常に厳しい。経営環境は目覚ましいスピードで変化していく。そのスピードに追い付きながら経営を続け、会社を存続させていくには、常に組織全体の自己変革と成長を続けていかなくてはならない。成長なくして企業としての存在意義はない、と考えている。

 

このように、そういう初期設定を持つ。これだけで、もう十分な効果を発揮することになる。

 

良いことも悪いことも解釈の仕方次第

複数の会社を経営する『お金の専門家』、本田健の著書、『ユダヤ人大富豪の教え』にはこうある。

良いことも悪いことも解釈の仕方次第

 

(省略)たとえば私は、ナチの強制収容所に危うく入れられそうになり、命からがら財産と呼べるものはほとんどもたずにアメリカに逃げてきた。それ自体悪いことだと考える人もいるかもしれないが、私はゼロから富を見出だすという力を身につけることができた。そして、多くの人と分かち合うことによって、たくさんの人を金持ちにしてきた。

 

もし、私があのままヨーロッパでそこそこ成功していれば、このような力を身につけることもなかっただろうし、多くの人を幸せにすることもできなかっただろう。そう考えると私にとっては、あのとき財産を失って着の身着のまま逃げ出したことが、いまの幸せをつくっているということになる。その人生の不思議さに感謝して、それを受け止めているのだよ。』

 

この世で大富豪になった人間の意見を、真正面から受け入れよ。

 

道草によってこそ『道』の味がわかる

京都大学理学部を卒業した京大教授であり、日本におけるユング派心理学の第一人者であり、臨床心理学者、河合隼雄の著書、『こころの処方箋』にはこうある。

道草によってこそ『道』の味がわかる

 

子供の頃、『道草をしてはいけません』とよく言われたものである。(中略)しかし、子供にとって道草ほど面白いものはなかった。(中略)今から考えてみると、このような道草によってこそ、子供は通学路の味を満喫していた、と思えるのである。道草をせず、まっすぐに家に帰った子は、勉強をしたり仕事をしたり、真面目に時間を過ごしたろうし、それはそれで立派な事であろうが、道の味を知ることはなかったと言うべきだろう。

 

ある立派な経営者で趣味も広いし、人情味もあり、多くの人に尊敬されている人にお会いして、どうしてそのような豊かな生き方をされるようになりましたかとお訊きしたら、『結核のおかげですよ』と答えられた。学生時代に結核になった。当時は的確な治療法がなく、(中略)青年期の一番大切な時期を無駄にしてしまっている、という考えに苦しめられるのである。

 

ところが、自分が経営者となって成功してから考えると、結核による『道草』は無駄ではなかったのである。無駄どころか、それはむしろ有用なものとさえ思われる。おそのときに経験したことが、今になって生きて来るのである。人に後れを取ることのくやしさや、誰もができることを出来ない辛さなどを味わったことによって、弱い人の気持ちがよくわかるし、死について生についていろいろ悩んだことが意味をもってくるのである。

 

人生の経験において、無駄なことなど何一つないのだ。

 

逆境にあって自分を磨く

儒教、仏教、道教を深く学び、足りない部分を補って創り上げた、洪自誠(こうじせい)の著書であり、川上哲治田中角栄五島慶太吉川栄治ら昭和の巨人たちの座右の書である、『中国古典の知恵に学ぶ 菜根譚』にはこうある。

逆境にあって自分を磨く

 

人間は、逆境に置かれているときほど、なんとかこの境遇から抜け出したいと一心不乱に自分を磨き鍛えるため、人間的に大きく成長できる。ただ、当の本人が気づかないだけだ。

 

逆に、何もかもうまくいっているときほど、人はその境遇に安心しきって、努力や鍛錬を怠ってしまうため、成長が止まってしまう。ただ、当の本人が気づかないだけだ。

 

逆境。それは自分の成長を飛躍的にさせる最高のボーナスタイムだ。

 

プランAは失敗する

スタンフォード大学のコンサルティング教授にして、ルーカスアーツ・エンターテインメント社とクリスタル・ダイナミクス社のCEO等を務めるランディ・コミサーらの著書、『プランB』にはこうある。

プランAは失敗する

プランAに関する悲しい統計結果

 

意欲あふれる起業家には必ずプランAがある。実際、企業家という人たちは、レプチン同様に、プランAがうまくいくと思っている。彼らは自分がフォーチュン誌の表紙を飾ったときの様子や、『どうやってこのような最高の世界的ビジネスを創り上げたのですか?』と尋ねられたときのコメントまで想像しているのだろう。不幸なことに、たいてい予想ははずれる。

 

だが、真の男とガキの違いは、そのプランAが失敗したときの行動にある。この本で取り上げる起業家やビジョナリーは、そこで傷をなめて立ち直り、新たに身につけた洞察力を武器に、もっと大きなビジネスへと転じる。袋入りの新鮮な挽きたてコーヒーを売っていた小さな小売店が、すぐにあのスターバックスになったわけではない。効果的な無料検索ツールが、そのまま『ググる』という動詞を生み、Googleに投資した投資家に何十億も儲けさせたわけではない。これらの現在におけるグローバル・ブランドの成功の秘訣はそうしたプランAにあるのではなく、プランBにあるのだ。

 

このように『プランA以外の道』が開拓されることがある。まるで、水が上から下に落ちる時、その間にどんな障害物があったとしても、それに合わせて形を変え、必ず下に辿り着くように、目的は決して『プランA(真っ直ぐ、計画通りに、障害にあわずに下に辿り着くこと)』ではない。

 

大量のものを試して、うまくいったものを残す

『ビジョナリーカンパニー』にはこうある。

大量のものを試して、うまくいったものを残す

 

『わたしの想像力の範囲では、(環境に見事に適応した種を)特別に恵まれた本性を持っているとか、創造された本性を持っているとか考えるよりも、すべての生物の進化をもたらす一般的な法則の結果が積み重なったものだと考える方が、はるかに理解しやすい。つまり、繁殖し、変異し、強いものが生き残って弱いものが死に絶える法則である。』チャールズ・ダーウィン『種の起源』

 

『当社は確かに、新製品のいくつかに偶然にぶつかっている。しかし、動いていなければぶつかりもしないことを忘れてはならない。』リチャード・P・カールトン(3Mの元CEO)

 

『失敗は、当社にとって、もっとも大切な製品である。』R・W・ジョンソン・ジュニア(ジョンソン&ジョンソンの元CEO)

 

ビジョナリー・カンパニーの社史を調べていったとき、各社でとくに成功した動きのうちいくつかが、綿密な戦略計画に基づくものではなく、実験、試行錯誤、臨機応変によるものであったり、文字通り、偶然の結果であったりするのに、わたしたちは驚かされた。あとから見れば、すばらしい戦略だと思えるものが、実のところは、いきあたりばったりの試行錯誤の結果であったり、『意図的な偶然』の結果であったりする。

 

偶然に消費財に進出したジョンソン&ジョンソン

 

1890年、消費ガーゼと絆創膏を主力製品にしていたジョンソン&ジョンソンはが、薬用絆創膏のいくつかで患者の皮膚が炎症を起こしたという広義の手紙を、ある医師から受け取った。フレッド・キルマー研究開発担当取締役はすぐに、イタリア風のスキン・パウダーをこの医師に送った。そして、いくつかの製品には、このパウダーを小さな缶に入れて同封しておくような会社に提案し、受け入れられた。

 

ところが意外なことに、このパウダーへの注文が消費者から直接に寄せられるようになった。そこでジョンソン&ジョンソンは、これに『ジョンソンズ・トイレット・アンド・ベビー・パウダー』という名前をつけて独立した商品として販売するようになり、これがやがて、世界のかなりの地域で家庭用の常備薬として有名になった。同社の公式の社史によれば、『当社がベビー・パウダーを販売するようになったのは、まったくの偶然によるものであった。』

 

本にはその他にも、マリオット、アメリカン・エクスプレス等において、同じような例を挙げている。失敗だと思っていたら、実はそれが『プランBの成功の種』だった。そういうことがあるのだ。

 

逆境を機会に変える

アメリカの経営コンサルタント、マーク・マチニックの著書、『後悔しない生き方』にはこうある。

逆境を機会に変える

 

人生は時折試練を与えて意志の力を試し、後悔にさいなまれるかどうかを調べる。ロイド・バクラックはそれをよく知っている。

 

ロイドが生まれたとき、先天性の骨の異常で下肢が大変小さいために、医師団は両親に息子を施設に入れることを勧めた。良心が息子を家に連れて帰ると主張したとき、医師団は『そんなことをすれば、普通の生活を送ることができなくなりますよ』と警告した。だが、両親は『息子はなんとか道を切り開きますから大丈夫です』と答えた。良心は息子を決して甘やかさず、自分で身の回りのことをするよう励ました。医師団が驚いたのは、少年が両足を使わずに這って移動する方法を覚えたことだ。

 

(中略)ロイドの目標のひとつは、一流のアスリートになることだった。そこで、水泳に励んで上半身の筋力を強化し、野球の技術を磨いた。普通に走ることはできないが、両足を引きずりながら両手を使ってベース間を俊敏に駆け回った。さらに体操にも挑戦して優秀な成績を収め、高校三年のときに州のトーナメントで5位に入賞した。

 

(中略)ロイドの驚異的な生き様は、『絶対に後悔しない』という積極的な姿勢と逆境を機会に変える粘り強さを物語っている。障害を抱えていることを後悔するのではなく、誰もができないと思っていたことを成し遂げる発奮材料にしているのだ。

 

たとえ自分がどんな境遇にあろうとも、ピンチはチャンスだ。その考え方はどんな人間にも通用する黄金律である。

 

幸運を見つける訓練

ビートルズ、ケネディ大統領、サウジアラビアの大富豪等、世界のエグゼクティブが集う世界最高ホテル『ザ・プラザ』元マネージャー、奥谷啓介の著書、『超一流の働き方』にはこうある。

幸運を見つける訓練

 

(省略)エレベーターが混んでいたおかげで、10数階もの階段を上り下りする運動ができる。これはいい機会だ!そう考えれば、言葉だけでなく、本当に幸運だったと思うことができる。『運が悪い!』と思ったときでも、そのなかに幸運はあるものだ。

 

(中略)幸運は、幸運を信じる人のところにやってくる。

 

苦しみは自分を強くする肥やしとなる

本にはこうもある。

苦しみは自分を強くする肥やしとなる

 

(省略)私は辛さを経験することで、自分はどんなつらさにも耐えられるという究極の自信を得てきた。だから思う。ときに辛さを経験するのも悪くはない。こうした自信が得られるのであれば、と。

 

(中略)あなたもさまざまな困難にぶつかり、苦しみを体験するときがあるだろう。仕事が辛いと思ったときは、信じて欲しい。その辛さを乗り越えたときに、自分はさらに強い人に成長できるということを。

 

(中略)呼吸をするのが精いっぱい、それ以上はもう何もできない。そんな辛さに遭遇するときもある。でも信じてみよう。辛い経験を積めば積むほど、自分は辛さに強くなれるということを。それは、アスリートが辛い練習を通して、身体能力をあげていくのと同じだ。

 

超回復

そもそもこの『アスリートのトレーニング』ということでいうのなら、何しろ、『筋肉をつける』為には、まずトレーニング筋肉を『破壊』し、『たんぱく質』という補修材料を摂取し、『休養』中に補修工事を行い、 それではじめて、トレーニング前より強い筋肉が出来上がるわけだ。

 

 

これは、『仕組み』なのだ。 自分に負荷をかけずに、一回り大きくなるということはないのである。だとしたら『ピンチ(負荷)はチャンス』ではないか。

 

つらいと感じるとき、脳は成長している

そしてそれは筋肉だけではない。脳科学者の茂木健一郎の著書、『アウェー脳を磨け!』にはこうある。

つらいと感じるとき、脳は成長している

 

(省略)自分だけがうまくできないというのはたいへんな苦痛です。しかし、苦痛を感じるのは、脳にとっては決して悪い事ではありません。それどころか、それはむしろ歓迎すべき状態なのです。脳が成長するとは、簡単にいうと、脳内の神経細胞ニューロンをつなぐシナプス結合が変化するということをいいます。それによって新たな回路が構築され、それまでできなかったことができるようになるのです。

 

ただし、脳内の回路はいったんできあがると安定してしまうので、シナプスをつなぎかえるといっても、そう簡単にはいきません。そのためには脳に負荷をかける必要があります。現在の自分の能力ではできないことに何度も何度も挑戦する。そして、ようやくその壁を越えられたとき、脳内に快楽物質得あるドーパミンが放出され、ようやくシナプス結合が変化するのです。

 

ニューロン

 

脳においても同じ現象が当てはまるのだ。

 

上位20%の人は、逆境にあわてない

SBIモーゲージ取締役執行役員常務、横山信治の著書、『上位20%に入れる人だけが一生成功する』にはこうある。

上位20%の人は、逆境にあわてない(その他の人は順境に油断する)

 

(省略)上位20%の人が力を発揮するのは逆境の時です。もし今あなたが逆境にいるとしたら、悲しんだりせずに、腐らず、焦らず、静かに受け入れてください。逆境の時に慌てていつもと違うことをしても上手くいきません。目の前の『やるべきこと』に一生懸命取り組んでいたら、必ず明るい日が訪れます。

 

(中略)冬の時期は必ず終わります。冬の時期にむやみに外に出るよりは、家の中でできることをしながら雪解けの好機を待つ方がいいのです。人間の能力差は逆境の時に決まります。順境の時から準備し、どんな状況になっても自分を見失うことなく、冷静に行動しましょう。

 

どんな状況だろうと関係ない。冬が来れば、春が来るのである。

 

逆境?それはつまずきの石ではなく、強壮剤である

ナポレオン・ヒルの著書、『成功哲学』にはこうある。

逆境?それはつまずきの石ではなく、強壮剤である

 

逆境はすべて同等か、もしくはそれ以上の利益をもたらす種子を運んでくるものである。一時的な失敗や失意の時期を経験しないで、真っ直ぐ成功へ向かって進んだ人は、極めて稀である。失敗したとしても、内面の自己をしっかりつかんでさえいれば、つまり、真に自分自身でありさえすれば、叩きのめされたままダウンするということはない。殴り倒されはしても、すぐに反撃することが出来るのだ。凸凹の道に紛れ込んだとしても、必ず舗装したハイウェイに出るルートは見つかるものである。

 

逆境に陥っても決して自分自身を見失ってはならない。そうでさえすれば、また何度でも立ち上がり、そこからやり直すことが出来る。

 

失敗だと思っていたものが…

また、リカルド・セムラーの著書、『奇跡の経営』にはこうある。

失敗は、私たちにはやってはいけないことを教えてくれるものだというのは、誤った考えです。

 

タルトタタンが、そのよい例です。フランスの有名なアップル足るとは、まさに失敗の産物でした。 ある日、ビストロを開業している二人のタタン姉妹は、お店のオーブン時間前に、必要なアップルタルトの パイ生地が間に合わず焦っていました。そこで早くしようと、パイ生地をリンゴの上に置いて、 15分焼き、それを取り出して上下逆さまにおいてみたら…あーらびっくり、アップルタルトのできあがり! これがタルトタタンの誕生秘話です。

 

われわれは、失敗にまつわる大発明の例を数えきれないくらい知っています。コロンブスがインドへの 航路を西に取ったことが、新大陸の発見につながった話は有名です。幸運は、成功に最も必要とされるものです。 しかしだからといって幸運をあてにするのは賢明ではありません。幸運は、努力と成功を追い求めた結果、 訪れるものです。重要なのは、その前の準備です。そして幸運が訪れたときに、すぐにそれをつかむことです。

 

このように、失敗や絶体絶命だと思われた窮地から一転して、大きな発見や利益の獲得につながったケースは山ほどある。

 

例えば、今や世界的に有名になった文具『ポスト・イット』。1969年、大手化学会社3Mで働くスペンサー・シルバー氏は、接着剤の開発に没頭していた。だが、試行錯誤の末、ようやく出来た接着剤は、粘着力の弱い、失敗作だった。何かひっかかるものを感じたシルバーは、失敗作を顕微鏡で観察。すると、粘着部分が、美しい球体をしている。この時、シルバーは直感した。 「これは、何かに使えるかもしれない」。

 

もう一人の主人公、アート・フライ。教会で賛美歌を歌っていたフライが歌集のページをめくった、その時、しおりが落ちた。そのしおりを、拾おうとしたその瞬間、フライの脳が大きな幸運を引き寄せる。失敗作の接着剤。歌集から落ちたしおり。この2つが、偶然、結び付き生まれた、世界的大ヒット商品、ポスト・イット。その発想は、(落ちない程度に軽くくっつくしおりが欲しい。)そう思った時、生まれたものだった。現在では、再生紙のポスト・イット、強粘着のポスト・イットなど、世界で1千種類もの商品を開発、大きな利益をもたらしている。

 

これら直感とひらめきが引き寄せたこの現象は、『セレンディピティ』と言われるものである。一見すると単なる失敗で、絶体絶命だと思われたとしても、それがこうして、むしろチャンスに変わることがある。しかし、冒頭でも書いた様に決して間違えてはいけないのは、この現象が『ただ待っていただけで起きた現象ではない』ということである。

 

日経『PRESIDENT』で、とある認知心理学者はこう言っていた。

『ただの偶然とは思えないような神秘的な一致が起こることはしばしばあります。たとえばペニシリンは、 実験中のシャーレに、偶然青カビが紛れ込んでいたのを見た科学者の、 “直感”で発見された。こうした『偶然の一致』は、科学の発展の歴史にはなくてはならないものです。ただ、 発見というのは、科学者が常にそのことを考えていたからこそ生まれるわけです。

 

偶然の一致が生み出す『発見』があまりに脚光を浴びてしまうがゆえに、科学のもう一つの重要な『正当化の文脈』 ──思いつきや発見が正しいか検証し、裏付けする段階は見逃されがちです。この裏付けを怠ると、単なる偶然の一致を特別な何かなのだと後で意味付けしてしまうのです。』

 

 

ピンチはチャンスだ。だが、その言葉の意味をはき違えて解釈してはいけない。ナポレオン・ヒル逆境に陥っても決して自分自身を見失ってはならない。『逆境に陥っても決して自分自身を見失ってはならない。』と言っているように、そこにあるのは『主体性』である。『待っていれば誰かが何かをしてくれる』という主体性を放棄した人間の下には、チャンスという機会はやってこない。

 

解毒する人間

『『からだの不思議』雑学辞典』にはこうある。

漢方薬は『体にやさしい』ってこれホント?

 

私たちは『体調を良くしてくれたり体を丈夫にしてくれるものであれば、体に良いものなんだろう』と思いがちだ。漢方薬が良い例だ。『漢方薬は体にやさしい』というフレーズをよく耳にする。しかし、それが違うのだ。むしろ漢方薬は『体に良くないものだから、体からの排出が促進されて健康になる』のである。じつは、漢方薬は毒なのだ。

 

とはいえ、漢方薬を飲むなと言いたいのではない。薬になるものは毒でもあるのだ。『毒をもって毒を制す』という言葉があるが、昔の人はうまいことを言ったものだ。

 

排泄というのは人間におって大切な機能。体に溜めこまれた老廃物や毒素などがしっかり排泄されると、免疫力が高くなり、体調がよくなる。漢方薬は天日で干されているので、黒くカラカラに渇いている。苦くてまずくて、栄養になるようなものはほとんどない。それを飲むと、体が毒だと判断して、一所懸命排出しようとする。その結果、体に溜めこまれていた悪いものも一緒に出て、免疫力が高まるというシステムなのだ。

 

ピンチ?逆境?絶体絶命?いや違う。『チャンス』だ。

 

失敗をバネにする

人間のお金に対する考え方のパラダイム転換を説いた、ロバート・キヨサキの著書、『金持ち父さん 貧乏父さん』にはこうある。

失敗をバネにする

 

失敗をこやしにしてやる気を起こす者が勝者となり、失敗によって打ち負かされる者が敗者となる。勝利の最大の鍵はここにある。負けてばかりいる人はこのことをよく知らない。これこそが、勝者だけが知る勝利の秘訣と言ってよいだろう。だから彼らは負けることを恐れない。フラン・ターケンソンの言葉をもう一度思い出してみよう。『勝つことは負けを恐れないことを意味する。』

ターケンソンのような人たちは自分がどんな人間かを言っているので、負けることを恐れない。彼らは負けることが大嫌いだ。だからこそ、たとえ負けてもそれをバネにして自分をいっそう強くする。負けることを『嫌う』ことと、それを『恐れる』ことの間には大きな違いがある。

 

失敗ではない。『糧』だ。

 

不遇のときこそ自分を伸ばすチャンス

”人間と企業”の在り方を鋭い視点で捉えるノンフィクション作家、上之郷利招の著書、『取締役になれる人部課長になれる人』にはこうある。

不遇のときこそ自分を伸ばすチャンス

失敗を恐れたら成功は掴めない

 

世界は常に転換する。昨日は通用したことでも今日は通用しない。そして人間は不完全である。だから人生は成功と失敗を織りなしてできあがる。どんなに慎重に生きたとしても、思いもかけない落とし穴というものは必ず存在する。ましてや『成功』を目指して積極的に生きれば、それだけ失敗も多くなる。だがその逆も真なり。失敗を恐れていたら何もできないのである。

 

(中略)『失敗は成功の母』というように、失敗や敗北が次の大きな成功への足掛かりとなることが往々にしてある。これは経営だけでなく、人間の生き方にも当てはまることだ。また、自分の人生で失敗を恐れる者が、経営において積極的に攻められるわけはなかろう。いつどんなときでも、失敗することを恐れて、成功に向かって真正面から攻めることを忘れてはならない。失敗を恐れ、成功を見失ったときこそ、やり直しの効かない本当に失敗、再起不能の挫折が訪れるのである。

 

成功

 

失敗は形を変えた恩恵と思え

また、ナポレオン・ヒルの著書、『思考は現実化する』にはこうある。

失敗は形を変えた恩恵と思え

 

失敗は形を変えた恩恵であることが多い。予定通りに運んだら厄介なことや完全な身の破滅にさえなりかねなかった目標から、引き返させることがあるからだ。失敗によって新しい機会への扉が開かれ、試行錯誤をしながら、人生での現実に役立つ知識が得られるのである。失敗は、その方法がさわしくないことを明らかにしてくれたり、高慢な人間の思い上がりを諭したりすることが多い。

 

(中略)失敗したら、失敗を分析することだ

 

どんな状況であれ、失敗したら、その状況を分析してみることだ。そうすれば、どんな失敗にもそれに見合った利益の種子が含まれているという、深い真理に行きあたるはずである。これは失敗が必ず熟した果実となって利益を与えてくれるという意味ではない。失敗には種子が含まれている、ということにすぎない。それを見つけ出し、芽を出させ、豊かに実を結ばせるには、人それぞれが目的を明確に持って積極的に独創力を働かさなければならない。

 

失敗。それは、挑戦した証であり、『成功の糧』だ。

 

最悪の病―エゴチズム

『ユニクロ』を運営するファーストリテイリング社長、柳井正が、『最高の教科書』だと評価するハロルド・ジェニーンの著書、『プロフェッショナル・マネージャー』にはこうある。

最悪の病―エゴチズム

 

過度のエゴチズムはしばしば、失敗への極端な恐怖に根ざしている。たいていの人は自分が”失敗”と見なすものに対して自分を守る能力をつけることに多大の時間を費やす。私の考えでは、たいていの人はただ失敗したくないと思うだけで、それが何を意味するかを本当には知っていない。だが、人々とその職業的生産は、失敗より成功によって”破滅”させられることが多い。人々がその職業的生産のどこかで一度ならず失敗し、それからまた立ち直って、かつて夢想もしなった大成功を収めるのを私は見てきた。

 

人は失敗から物事を学ぶのだ。成功からなにかを学ぶことはめったにない。大抵の人は、”失敗”の意味を考える以上の時間をかけて”成功”の意味を考えようとはしない。完全に正常で分別のある謙虚な人々が、それまで経験したことのない大きな権限を伴った地位についたとたんに、”狂って”しまった例を私は見てきた。そうした人々は、本当は新しい地位の出発点に立っただけなのに、ゴールインしたと錯覚してしまったのだ。

 

むしろ『成功』とは、人に慢心を生む。人間が転落するタイミングは決まっているのだ。

 

禅の考えの基本

『PRESIDENT』、2016.4.4号にはこうある。

禅の金言36

 

禅の考えの基本は、マイナスのものをプラスに転じて考えるということであります。無理難題を押し付けられたと受け取るか、乗り越えて成長するチャンスを捉えるか。『よいチャンスが巡ってきた。私ならさらに改良できる』と、自分を主体にして取り組む。すると、苦しみはきっと軽くなるはずです。

 

仏教の宗派の一つである禅の教えの絶対軸にも、今回の黄金律とリンクするものがあるのだ。

 

壁に突き当たったときは…それでも歩き続ける

実に50の職業経験と、世界40か国の旅を経験した有川真由美の著書、『遠回りがいちばん遠くまで行ける』にはこうある。

壁に突き当たったときは…それでも歩き続ける

 

自分の未来に対してポジティブに考えようとしても、大きな失敗をしたことや、何度もうまくいかなかったことは、うまくいく気がしません。私も、弱気になること、再起不能なほど打ちのめされることがありました。営業の仕事をしていたとき、何度も営業を断られた場所には、行く気に慣れませんでした。『きっとまた、駄目だろう』と思ってしまうのです。衣料品店の店長をしていたとき、信頼していた部下たちから、心無い非難を受けたあとはしばらく人間不信になって、人と接するのが怖かったほどです。

 

そんなとき、私は『いまの自分』のパターンで突き進んでも難しいと考え、うまくいきそうな人を演じてみます。知っている人のなかから、この難題を楽々とクリアできる適任者を見つけて、『あの人なら~するだろう』と、その人の考え方、行動になりきってみるのです。

 

(中略)あれこれやっていると、遅かれ早かれ『あれ?ひょっとしたら、私もいけるんじゃないか』と思う瞬間がやってきます。(中略)才能というのは、壁に突き当たっても、止めない能力のことではないでしょうか。『やり続ける』というより、『止めない』ことが大事なのです。

 

苦しいとき、追い詰められたとき、かならず道は開ける

また、本にはこうもある。

苦しいとき、追い詰められたとき、かならず道は開ける

 

(省略)また、怒りや悲しみ、寂しさ、悔しさ、苦しさといったネガティブな感情も、決して悪いことばかりではありません。それを経験したから理解できるということ、そこから見えてくること、それがあるからより大きな幸せを感じられることもあります。苦しいときほど、思ってもみなかった自分のたくましさが生み出されることを発見するのではないでしょうか。

 

窮地にこそ発揮される力があるのだ。

 

前向きに受け止める

2006年に『ニューズウィーク』誌日本版にて『世界が尊敬する日本人100人』に選出された、曹洞宗徳雄山建功寺住職、増野俊明の著書、『心配事の9割は起こらない』にはこうある。

前向きに受け止める

 

悪いことが起きたり、つらい境遇に立たされたりしたら、気持ちが落ち込んでもいいのです。そのうえで、負の心をプラスに転じていく。それが禅の考え方です。

 

ある禅僧にについての次のようなエピソードが伝わっています。修行の旅をつつけている中で、禅僧はひどいあばら屋で一夜を過ごすことになります。天井には穴が開いていて、そおから落ち葉が舞い込み、寒さをしのぐために床板を剥がして燃やさなければならないという具合ですから、禅僧がうら寂しい気持ちになったとしても不思議ではありません。

 

しかし、ふと上を見上げると、破れた天井の隙間から煌々と月の光が射し込んでいる。その光が自分を包み込んでくれていることにきづくのです。そして、『そうか、自分はいま、すばらしい時間を過ごしているのだ』と禅僧は感じた。それまで心を占めていたうら寂しさは消え、幸福感に満たされたのです。あばら屋でやっと寒さをしのいでいる、という現実は変わりません。しかし、それをうら寂しいと感じる一方で、幸福だと受け取る方向に心を転じていくこともできるのです。

 

『日日是好日(にちにちこれこうにち)』

また、本にはこうもある。

どんな逆境も受け入れる

 

禅ではこういっています。

『日日是好日(にちにちこれこうにち)』

 

これは毎日がよい日ばかりだという意味ではありません。人生には晴れの日もあれば、雨の日もある。穏やかな日射しに包まれることもあれば、吹きつける寒風に身をすくめることもあります。しかし、いずれの日にも、あなたはその日でなければできない実体験をする、かけがえのない経験を積む。ですから、全てが有意な『好日』なのだーというのがこの禅語の意味するところです。境遇があなたの生き方を左右するのではありません。あなたの生き方によって境遇はどんなものにでもなるのです。

 

環境をどう評価するかは、すべて自分で決めているのだ。その能力に気づくことができるのは、往々にして窮地に陥ったときだ。

 

人間の真価

慶応義塾大学を卒業し、慶應義塾高校で教職に就き、同校生徒のアンケートで最も人気のある授業をする先生として親しまれた佐久協の著書、『論語の教え』にはこうある。

寒く厳しい季節がやってきて、はじめて松やヒノキのような常緑樹が、枯れ萎まずに残っているのに気づかされるものだ。同じように、人間の真価も苦難の時がやってきて、はじめて本当に分かるものだとの意味である。

 

多くの人が、こうも口を揃える。

 

大変な状況にぶつかったら喜ぼう。あなたは希望を手に入れる

早稲田大学商学部を卒業後、様々な経歴を経て、クリスチャン女性の国際的なグループ『Aglow International(アグロー・インターナショナル)』に所属する中村芳子の著書、『聖書88の言葉』にはこうある。

大変な状況にぶつかったら喜ぼう。あなたは希望を手に入れる

 

人生をサーフィンにたとえると、困難とは波の様なものなのかもしれない。波のない静かな海でぷかぷかと浮いていれば、絶対にけがはしないが、何の面白みもない。波が来て初めて、ボードに立って海の上を滑る快感、喜びを味わうことができる。

 

小さい波にばかり乗っていてはいっこうにうまくならない。そこに留まる人もいるが、飽き足りない人は、より大きな波、より高い波に挑戦していく。技術が足りないうちは、ボードから振り落とされてケガをしたり溺れそうになったりする。ここが忍耐のしどころ。落ちても落ちてもあきらめない。技術を磨く。波があなたを成長させる。そして初めて大きな波の上に立ち、その波に立った人だけが見ることのできる光景を目にするのだ。

 

『聖書』

苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを、わたしたちはしっています。(ローマの信徒への手紙5:3)

 

『考え方』の最適化をするのだ。

 

大病のおかげ

頭木弘樹の著書、『希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話』にはこうある。

病気になって落胆

 

外科医と内科医が二人がかりで懸命に治療しましたが、病状は思わしくありませんでした。『わたしは激しい不安を感じ、生命の危険を怖れた』(詩と真実)

 

内科医は秘薬があると言いながら、それを使うことは拒みました。いかにも怪しい話ですが、いよいよゲーテが危篤状態に陥ったとき、母親は藁にもすがる思いで、内科医に秘薬を使うように迫ります。それは乾燥した結晶であったようです。成分はわかっていません。驚いたことに、それを飲んでから、病状がどんどんよくなり、ゲーテは一命をとりとめます。

 

この経験はゲーテに多くのものをもたらしました。『生きる喜びは大きい』(西東詩集)という思い。病人への深い同情。医師への尊敬。科学への強い関心。健康を保つための節制と規則正しい生活。彼が生を謳歌し、長生きすることができたのは、この若いときの大病のおかげでもあるでしょう。

 

一命

 

もう一度言おう。『考え方』の最適化をするのだ。

 

成功の反対は失敗ではなく、何もしないこと

指紋認証などのシステムを開発し、35歳になる前に会社をマイクロソフトに売却し、巨富を得た、斎藤ウィリアム浩幸の著書、『ザ・チーム』にはこうある。

失敗ビジネス第一号

 

それは学校では決して学べなかったことだ。学んだのは成功からではなく、数々の失敗と挫折からだった。まず最初の失敗から話そう。印刷されたものが三次元に見える、いわゆるステレオグラムの記事をパソコン専門誌で読み、『これはクールだ』とふたりですぐパソコン用のステレオグラムの開発に着手した。開発は成功したが、販売方法がわからない。

 

(中略)いくつかのパソコン雑誌にとりあげられ、評価は五つ星と高かった。(中略)

 

製品が流通はじめた直後、パソコン通信の有名な掲示板にソフトがアップされ、一気に海賊ソフトが出回った。われわれは海賊版が出回ることを名誉だと思っていたから、損害を気にはしなかった。そのうち、目ざとい出版社が同じソフトを基に『マジック・アイ』シリーズという立体画の本を出版し、ベストセラーになった。それを横目で見ながら、われわれはソフト販売事業から撤退した。ビジネスという感覚ではなく、あくまで趣味の延長と考えていたから、落胆はなかったが、失敗には違いない。

 

この記念すべき失敗第一号からは多くのことを学んだ。『成功の反対は失敗ではなく、何もしないことだ』。その後の我々の生き方を決めることになるこの原則を学んだ。

 

主体的に生きるために自分を耕す時間を持つ

また、本にはこうもある。

主体的に生きるために自分を耕す時間を持つ

 

失敗から一転、成功のチャンスをつかんだのが、それで楽になるほど世の中は甘くない。デバイスドライバーは、ソフトとハードをつなぐ、いわば日陰の存在。いつもは誰も意識してくれない。意識するのはパソコンがダウンしたときだ。たとえウィンドウズにバグがあっても、誰もマイクロソフトに面と向かって文句は言えない。日本のソフト技術者も、自分たちがミスをしたとは口が裂けても言わない。デバイスドライバーは、何かトラブルが起きると、いつも悪者になった。なかには理不尽なクレームもあった。

 

立場が弱いわれわれは各方面からのクレームをすべて受け止め、電話で頭を下げ、黙々と修正プログラムを書いた。この下請け体験は、学生だったわれわれを鍛えてくれたように思う。ビジネス上のやり取りをたっぷり学んだし、最新の周辺機器の事情を知ることができた。仕事はきつかったが、面白かった。

 

失敗をどう捉えるかで、人間の運命は決まる。

 

勝負所を知る

中国古典研究家、守屋淳の著書、『孫子』にはこうある。

勝負所を知る

 

人生にもビジネスにも、そしてもちろんスポーツにも、ここぞ、という勝負時がある。ビジネスでいえば、たとえば自分の出世や社運のかかった大きな商談や、抜擢された重要なポジションを任されたときなどが、それに当たるだろう。他では少々の失敗や間違いを犯しても許されるかもしれないが、そこでは一切許されないであろう、そんな場。

 

ところが人や組織というのは、知らず知らずのうちに弱点や問題を抱え込んでいるのが常だったりする。肝心の勝負時に、いきなりそれらが露呈したら目も当てられない。だからこそ逆説的だが、勝負時の前には、自分の欠点に気づくことのできる経験、つまり試行錯誤を積んだり、負けを喫することが重要になってくる。

 

『孟子』という古典にも次のような指摘がある。

『天が、その人に重大な仕事を任せようとする場合には、必ずまず精神的にも肉体的にも苦しみを与えてどん底の生活に突き落とし、なにごとにも思い通りにならないような試練を与えるのである』

 

なぜ、逆境の経験が英雄には必要なのか、自分の問題点を認識し、改善することによって、より勝てる状態へとステップアップすることがどんな人や組織にも必須だからだ。

 

ステップアップ

 

自分は今、『鍛えている最中』なのだ。『転落している途中』ではない。

 

DNA、RNAに叩き込む

8歳にして東洋医学の師範の資格を得て、東京大学医学部を出た、田園都市厚生病院院長、春山茂雄の著書、『脳内革命』にはこうある。

たとえば柿の木に一日中しばりつけられたり、夜中に山の中で星を見つめさせられたり、わけもわからずにそういうことをやらされました。滝に打たれるなどは朝飯前で、何度もこれで死んでしまうのかと思うことがありました。

 

こういう修行はやっているときはつらく苦しくて死ぬ思いですから、はじめはノルアドレナリン、アドレナリンの世界で、活性酸素もたくさん出たと思います。ではなぜそのような危険な修行をやるのかといいますと、これは極限状況に追い込んで、そこで脳内モルヒネを出させる訓練なのです。

 

極限状況をずっと体験していますと、そのうちに喜びに変わってくる。これは反対的にそうなります。そしてその体験を記憶としてDNA、RNAに叩き込むと、次からはつらい修行でも脳内モルヒネが出て幸福感を感じられるようになるのです。

 

自分の考え方は本当に『合っている』だろうか。そのジャッジをする人物(自分)の知識は、一体どれほどのものなのだろうか。

 

志を立てて成功するには、恥をかくことが肝心である

早稲田大学を経て、情報会社・出版社の役員を歴任した岬龍一郎の著書、『言志四録』にはこうある。

志を立てて成功するには、恥をかくことが肝心である

 

西洋の諺に、『青春の失敗は、壮年の勝利、老年の成功よりも好ましい』というのがあるが、失敗は青春の特権である。若いときは、何度失敗してもやり直しがきくし、それは成功の糧となる。一度も失敗や挫折感を味わわずに成長すると、傲慢な人間となり、年を取ってからそれが致命傷となり、大失敗の元となる。麦は踏まれて強くなり、福寿草は踏まれてきれいな花を咲かせる。人もまた恥の概念があるからこそ、恥をかかないように頑張るのである。屈辱も発奮の材料ということ。

 

玉は磨くことで初めて価値が出る

また本にはこうもある。

人が出会うところの苦労や、予期せぬ変事、はずかしめ、悪口など、困ったことのすべては、天が自分の才能を成熟させようとの試練であり、そのどれもが徳を積み、学問を励ます糧となる。だから、立派な人になろうとしている者は、このようなことに出会ったら、これをどう処理するかだけを考えるべきで、決して逃げたりしてはいけない。

 

道元禅師の、『正法眼蔵隋聞記』はこういっている。『玉は琢磨により器となり、人は練磨によって仁となる』と。(省略)すなわち、玉は磨くことで初めて価値が出る。人もみずから磨きを鍛錬して、初めて真の人となる。世の中には初めから光り輝いている玉があるだろうか、初めから優れた働きをする人がいるだろうか。とすれば、必ず磨き、必ず鍛錬すべきである。決して能力や素質がないとみずから卑下して道を学ぶ努力を怠ってはいけない、というのだ。

 

栄枯盛衰の自然の法則

また本にはこうもある。

人生には順境もあれば逆境もある。これは栄枯盛衰の自然の法則で少しも不思議ではない。だが、順境・逆境といっても、順境の中にも逆境があり、逆境の中にも順境がある。だから、逆境にあっても不満や自暴自棄の気持ちを起こさず、順境にあっても慢心や怠け心を起こしてはいけない。ただ、敬の一字をもって終始一貫すればよい。

 

『ピンチはチャンス』という言葉もあり、『極楽は地獄の始まり』との言葉もある。要は、順境の受け止め方であり、そのときをどう過ごすかにかかっている。

 

逆境の中にある順境を見逃すな。

 

生き残るためにより発明的になる

存命中は知らない人がいなかったとされるアメリカの天才、バックミンスター・フラーの著書、『クリティカル・パス』にはこうある。

ダイマクションマップが示しているのは、(1)寒い地域であればあるほど、年間気温の変化が大きくなる。(2)その地域の年間気温の変化が大きければ大きいほど、そこに住む人々は、生き残るためにより発明的になる、ということである。もしあなたが東アフリカのビクトリア湖畔に住み、この湖を渡りたいと思ったなら、木の船を発明するだろう。もしシベリア中部のバイカル湖畔であれば、夏には船を、そして冬になればスケートやソリを発明するだろう。寒い地域に住む人のほうが発明的なのではなく、その環境のために、生まれつきの発明の才を発揮する機会がより多いだけなのである。暑い国に住んでいる人間を、寒い国へ移動させてみよう。そうすれば、彼らもそこに住む人々と同じように創造的になるだろう。さもなくば死に絶えることになる。

 

人間の『生きよう』とする強い生存本能を利用するのだ。

 

トラウマのプラス面

また、ハーバード大学で学士号を取り、スタンフォード大学で博士号を取得したソニア・リュボミアスキーの著書、『幸せがずっと続く12の行動習慣』にはこうある。

トラウマのプラス面として考えられるのは、喪失や人生でのネガティブな出来事のなかにも、何らかの価値や得るものがあると思えることでしょう。たとえば、人生観の変化、人の命に以前よりも価値を見出せるようになったと、自分自身の成長を認識したなどです。

 

(中略)トラウマや喪失などの困難を乗り越えた人々に共通していたのは、新鮮でよりポジティブな視点を手に入れた、ということです。それは人生の尊さをあらためて理解し、もっと今を生きなければならないと感じることとも言えます。たとえば、家族を失った人にとっては、次のような新しい発見があるでしょう。『健康で精いっぱい生きられることは、本当に恵まれたことなんだ。私は家族や友人、自然や人生そのものに感謝する。人々の中にも善意が見える』と。

 

(中略)心理学者のなかには、トラウマにプラス面を見出すことが、真の意味での人間の変化につながると信じている人もいます。それは『心的外傷後成長』と呼ばれています。

 

 

大きな喪失が引き金となって、突然新しい役割を果たさなければならなくなるので、これまでにない新たな経験をするのです。たとえば、いつも自分自身を『妻』と考えて夫にとことん依存していた女性が、未亡人となったばかりに、突然さまざまなスキルを学ぶ気になるかもしれません。

 

難局を乗り越え、これまではできると思わなかったことを成し遂げている自分に気づき、驚くかもしれません。このような経験は間違いなく、新たな自己認識につながり、自信を高めて、自分自身の成長にまでつながるでしょう。

 

(中略)そんなトラウマを乗り越えた人たちに共通する『自分が変わった』という経験は次のように述べられています。

 

  • 自分には耐え忍んで勝利を掴みとる能力があるのをあらためて信じられるようになった
  • 人間関係がよくなった。誰がほんとうの友達で、心から信じられる人かがわかった
  • 親しい付き合いのなかで、以前よりも気持ちよく接することが出来、苦しんでいる人に思いやりをもてるようになった
  • 人生観がさらに深く、もっと洗練されたものになり、以前よりも満足感が高くなった

 

 

傷つき、背負った分だけ、人は可能性を手にするのだ。つまりは、選ばれた人間だけが逆境という資格試験を受けることが出来る。それがわかっても、まだ悲劇のヒーロー・ヒロインを気取りたいのであれば、それはもう、自分で好んでそうしているだけだ。

 

 

 

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