名言を自分のものにする

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『どれだけ生きるかではなく、いかに生きるかが重要なのだ。』(2ページ目)

 

  • 1:命をかけても勇気を出して果たすべきことがある
  • 2:長く生きたのではなく、長く有ったにすぎない
  • 3:人生の使命
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    早稲田大学商学部を卒業後、様々な経歴を経て、クリスチャン女性の国際的なグループ『Aglow International(アグロー・インターナショナル)』に所属する中村芳子の著書、『聖書88の言葉』にはこうある。

     

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    命をかけても勇気を出して果たすべきことがある

     

    2001年9月11日、アメリカ。ハイジャックされた飛行機はペンタゴン(アメリカ国防総省)をめざしていた。計画を知った乗客たちは、コックピットをテロリストから奪還することを決意、行動した。その結果飛行機は墜落したが、より大きな災害はまぬがれた。

     

    エステルはペルシャに住んでいたユダヤ人の孤児だったが、その美しさでアハシュエロス王(紀元前486年即位)の妃となる。王宮で暮らしていたが、ある日、ハマンという有力者がユダヤ人絶滅の計画を企て、すでに王の名で命令を出したことを知らされる。従兄弟のモルデカイはエステルに『不思議な運命であなたが后になったのは、今この時、民族の危機を救う為ではなかったのか』と王の命令を変えてもらうよう迫った。エステルはそれに応え、命を懸けて行動し自分の民族を救った。

     

    『聖書』

    『定めに反することではありますが、私は王のもとに参ります。このために死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります』(エステル記4:16)

     

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    自分の命を『使い切る』とは、どういうことだろうか。

     

    数々の偉人の人生を研究する、上智大学名誉教授、渡部昇一の著書、『賢人は人生を教えてくれる』にはこうある。

     

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    今を一所懸命に生きることが後悔のない人生をつくる

     

    セネカによれば、普通の意味で、時間的に長く生きた人を『長生き』というのではないのです。単に時間的に長生きしたというのは、『長く生きたのではなく、長く有ったにすぎない』というわけです。そして、『生きる』ことと『有る』ことの違いを『航海』にたとえています。

     

    たとえば或る人が港を出るやいなや激しい嵐に襲われて、あちらこちらへと押し流され、四方八方から荒れ狂う風向きの変化によって、同じ海域をぐるぐる引き回されていたのであれば、それをもって長い航海をしたとは考えられないであろう。この人は長く航海したのではなく、長く翻弄されたのである。

     

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    『長く翻弄されるだけの人生』を客観的に見た時、自分の命は、どう叫ぶだろうか。

     

    目の前に、あとほんのわずかの時間で、車に轢かれそうな子供がいる。では、その時自分は、その子供を身を挺して助けることが出来るだろうか。助けてしまうと、今度は自分の命が危険に侵されるだろう。だが、助けなければその子供が死ぬ。

     

    その一瞬の時間で、葛藤する。

    (-でも、自分が死んだら、家で待つ私の子供の将来はどうなるだろうか。誰があの子の面倒を見るというのだろうか。)

     

     

    では、見て見ぬフリをするのか。それでその後の人生、本当に悔いなく生き続けることができるか。

     

    知っているだろうか。動物の中には、自分の子供を産んだと当時に命を終えてしまうものがいるということを。『ミズダコ』だ。

     

    ミズダコ

     

    彼ら、彼女らは『生きながらえようと思った』のだろうか。あるいは、『命を全うしようと思った』のだろうか。

     

    自分は?人間は?『地球の覇者』じゃないのか?『動物の頂点』じゃないのか?そうじゃないのに、なぜ偉そうにしているのだ。例えば、なぜ動物を檻に入れて鑑賞し、道路を埋め立て種を絶滅に追い込み、森林を伐採し環境を破壊するのだ。偉そうな人間に、偉い人間はいない。

     

    この話を受け、

    『ミズダコだって自分の子供の為に命を張ったのだから、私だって自分の子供のことを最優先にして生きることを選択したい。』

     

    と考える人間もいれば、

    『人間はいずれ必ず死ぬ。その事故を見て見ぬフリをした直後、その車が慌てて逸れて、もしかしたら自分の方向に来て、自分が死んでしまうかもしれない。子供が助かり、軌道が逸れて、見て見ぬフリをしてその場から動かなかった、自分が死んでしまうのだ。

     

    どうせ死ぬんだ。だとしたら、目の前にそういう光景が現れたとき、それは自分の寿命だ。』

     

    と考える人間もいるだろう。全ての命が問われている。このたった一度の一生で、どう生き、何に価値を見出し、どう死ぬかということを。

     

     

     

     

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    著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

     

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