名言を自分のものにする

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カテゴリー『陽貨』

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

 

 

『まずは自分に問いかけよ。料理と同じだ。良い食材を手にしたと思ったら、それを調理して人を納得させよ。』

 

第十七-十四:子曰わく、道に聴きて塗に説くは、徳をこれ棄つるなり。

佐久協氏の『論語の教え』にはこうある。ソクラテスの孫弟子に当たるアリストテレスは、アテナイに学塾を創り、弟子たちと屋根付きの歩道(ペリパトス)を散策しながら、議論をしたり知識を伝授していたところから、『逍遥(しょうよう)学派』と呼ばれていた。

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『いい加減は簡単だが、良い加減は難しいもんだなあ。』

 

第十七-四:夫子、莞爾として笑いて曰わく、鶏を割くに、いずくんぞ牛刀を用いん。

福沢諭吉のこの言葉が、今回のテーマの的を射ている。あるとき、筆一本で食べていこうと決意した尾崎行雄が福沢を訪ねたときの話だ。尾崎が『識者(物事の正しい判断力を持っている人。見識のある人)』にさえわかってもらえればそれでいいから、そういう本を書きたいと話したところ、

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『”力”を使いこなせる人間は滅多にいない。』

 

第十七-二十五:子曰わく、ただ女子と小人とは養い難しとなす。

人は”力”を手に入れると思い上がり、威張り散らす。また”力”が手に入れられないと、嘆き、逆恨みする。つまり、どうやっても人は”力”に屈して生きる、愚かな生き物なのだ。

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『心ない礼儀作法などやめてしまえ。』

 

第十七-二十一:子曰く、予の不仁なるや。子、生まれて三年、然る後に父母の懐を免る。それ三年の喪は天下の通喪なり。

孔子が始祖である『儒教』の教えは、どちらかというと弟子たちが創った教えである。その儒教では、親が亡くなったら三年間喪に服することは絶対とされている。

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『心を寛容にせよ。すべてはそこから始まる。』

 

第十七-六:恭なればすなわち侮られず、寛なれば、すなわち衆を得、信なればすなわち人任じ、敏なればすなわち功あり、恵ならばすなわちもって人を使うに足る。

弟子の子張に、『仁の実践はどうすればよいのですか?』と問われた孔子は言った。『礼儀正しい行動をしていれば、人から侮辱されるようなことはなくなる。

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