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『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』 レビュー(感想)と考察

『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』

ポスター画像出典:『ヤフー映画

 

年間735本の映画鑑賞の経験があり、コロナ前には13年間連続で毎週映画館で映画を鑑賞!3000本以上の映画を観た映画好きが、映画の紹介をさせていただきます!

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※検索したら『年間700本』という人が一番っぽかったから、皆様に映画への熱意をお伝えするためにとりあえずその人以上の数字を出しただけです・・

 

『レビュー(感想)と考察』

今回メリルストリープが演じたフローレンス・フォスター・ジェンキンスについてのwikipediaを見てみよう。

彼女の演奏したレコードを聴くと、ジェンキンスは音程とリズムに関する感性がほとんどなく、極めて限られた声域しか持たず、一音たりとも持続的に発声できないこと、伴奏者が彼女の歌うテンポの変化と拍節の間違いを補って追随しているのがわかる。にもかかわらず、彼女はその型破りな歌いぶりで大変な人気を博した。

 

聴衆が愛したのは音楽的能力ではなく、彼女の提供した楽しみであった。音楽批評家たちは、しばしば彼女の歌唱を皮肉まじりに説明し、それがかえって大衆の好奇心を煽る結果となった。まさに、この映画はこの説明文がどういうことであったかを説明する映像になっている。

 

天才の共通点は色々あるが、一つは『前に出る』というものがある。要は、アインシュタインだろうがエジソンだろうが、前に出て『こういう意見がある』とか『発明がある』という風にアピールしないと、世にそれが伝わらない。結果、その人が天才かどうかも判断できないのである。

 

その意味で、周りにいる『勘違いした痛い人』を見るとき私は、(でも、前に出ているか・・)とよく考えたものだ。勘違いでもほら吹きでも、とにかく前に出ることは極めて重要。

 

SMAPの中居正広は、若い時『汗かけ、恥かけ、物を欠け』という精神でやっていたと言っていたが、どんなに恥をかいても、どんなに馬鹿にされても、とにかく前に出なければ始まらない事実があるのだ。試しに前に出ない選択肢を選ぶといい。そうすれば誰かに何かを言われ、恥をかくことはない。だが、評価されることもない。

 

 

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