名言を自分のものにする

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ルフィ『生かしてもらって死ぬなんて弱ぇやつのやることだ!!!』


私は17歳で父を亡くした。肝臓ガンだった。

肝臓ガンになる原因は、遺伝もあるが、精神的ストレスが原因だとされた。父が自分の葬式に来た人の為に配る挨拶文を読むと、15年来の会社の経理担当の戦友が発作で急死したことと、次男(私)の根が深い非行が重なって、発病したというような内容が書いてあった。

もちろん、酒が飲めないのに酒を飲んでいたり、喫煙をしていたことも理由の一つだろう。

だがとにかく私は当時、
(もし自分という原因がなければ、死なずに済んだのかもしれない。そう考えたら、どうして父を、自分が死に追いやっていないと言えよう。)

そういう自責の念に駆られることがあったことは事実なのだ。

 

 

 

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    ルフィの言葉を自分のものにする


    直前まで私は、『勝手に死ねよ』と言うような、心が歪曲した人間だった。

    私は別に、悪いことをしているとは思っていない。周りから見れば悪いと思うし、ルール違反だろうが、そのルールは俺が決めたことじゃない。なのに、なぜ俺がそのルールに従う必要があるんだ。固く、そう思っていたのだ。

    だから、たとえ相手が"どんな大人"であろうが、私が『人の言うことを聞いて人生を改める』ということは、限りなくゼロに近かった。だから地の果てまで堕ちた。
    そしてそこで、父の余命が1年を切ったことを知らされた。

    はじめは『死ねよ』

    そう言い放っていた私だったが、一人になり、こう思った。

    (俺は、自分らしさを大切にしたい。自分らしく生きたい。自由になりたい。信仰を押しつけられたり、嫌だと思う義務を強制されたり、どうしてこの世はこんなに窮屈なんだろう。

    だから自由になりたい。人間らしく生きたい。そう思って生きてきた。

    だがどうだろう。自分の父親が死ぬということがわかった今、涙ひとつ流さない俺は、本当に"人間"なのだろうか?本当に自分は、"人間らしく"生きているのだろうか?)


    自然と『内省』が始まっていた。それが、『内省』だという意識などもちろんない。まだ17歳になったばかりで、簡単に非行に走る底の浅い人間だったからだ。


    そして非行少年らしく、私はこう思った。
    (どうせ死ぬのか。まあ嫌なやつだったから、俺に意見ばかりしてうざかったから、死んでせいせいするという気持ちはあるが、……どうせもうすぐ死ぬんなら、最後ぐらい言いたい事を言わせてやってもいいか。

    それぐらいのことは我慢しよう。……なんだ、もう死ぬのか。だったら、銀行強盗でもなんでもやって大金掴んで、最後にパーっと終わらせてもいいよな。なんでも好きにやればいいんだ。
    ……なんでも好きにやればいい。俺は俺で、それを見守るような形で見ている。
    我慢できるさ。俺は俺、父親は父親だからな。

    ……父親は父親、俺は俺?

    ……俺と父親は、別々に死ぬ?

    ……一心同体じゃなかったのか…。

    ……なんだ、最初から一心同体じゃないなら、別々の生き物なんだったら、最初から父親の好きにやらせればよかったじゃないか。最初から父は父、母は母、自分は自分と、それぞれの人生を生きればよかったじゃないか。

    ……なんか悪いことしたな。もっと俺の方が、大人になればよかったな。信仰を押しつけるのはよくないと思うが、親は親なりに、自分のことを心配してやってくれていたことなんだ。

    それに対して憤りを感じて非行に走るんじゃなくて、自分が自立することで、親の心配を解消する、そういう選択肢もあったはずだよな。

    ……そうか。でももう、手遅れか。もう死ぬのか。あの父親が、あの、ずーっとそばに居て当たり前だった父親が、死ぬのか。

    ……俺は自分を、考え直さなければいけないな。)


    その時私の目からは、罪の意識という感情と共に長い間封印されていた、涙が一つこぼれていた。

    私は、父の死がきっかけで、抱えていた自分の試練について再び考えだし、内省をするようになった。

    そして、『じゃあ、どうすればいいのか』という答えを探すようになった。今までの自分の『考え方』が、間違っていた。だから自分の身の回りで、自分の思い通りにならないことばかりだったのだ。




    その後1年間、とてもここには書ききれない壮絶な時間を過ごした。おそらく、一生のうちで一番意義のある一年こそ、あの一年だったと言えるだろう。10年以上経った今でも、その思いは変わることは無い。

    私は考えた。どうすれば私は、自分の罪を滅ぼせるか。残された母親の為に、母が望む信仰を一緒にやること?それとも、父親の後を追い、責任をとって自殺すること?

    だって、のうのうと自分だけ楽しく生きていくことは、自分のことしか考えられていない、自分本位な人生じゃないか。

    自分が未熟で、その未熟さゆえに周りに迷惑をかけた。その罪滅ぼし、あるいは恩を返すために、自分はどの選択肢を選ぶのが最善なのだろうか?












    ルフィ『死ぬことは恩返しじゃねえぞ!!!

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    そんなつもりで助けてくれたんじゃねぇ!!!

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    生かしてもらって死ぬなんて



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    弱ぇやつのやることだ!!!』




    サンジ『じゃあ他にケジメつける方法があんのか!!!』





    そのとき出会った恩師は言った。
    『更生とは、更に生きると書く。更生しろなんて言われると、抵抗感があると思うが、更生と言うのは、更に生きるということなんだ。

    いろいろあった。後悔もした。でも、それでもここから"更に"、生きていかなければならないんだ。それがお前のやるべきことなんだ。』


    生きる。生きるという選択肢。

    そして、『生きる』ということは、呼吸することではない。行動することだ。
    『行動』というのは、反応的に、流されて行うことじゃない。自分の『意志』で、主体的に行うことなのだ。そして、主体性とは、『自分の意志』。自分の、『本当の意志』。

    偉大なる恩師たちからの後押しも受けて私が出した答えは、残された母親を表層的に喜ばせる為に、自分の人格を偽り、信仰を持って生きていくことでも、自分が原因かもしれない死んだ父親の為に自分も死に、責任を取るということでもない。

    そもそも、私がそういう選択肢を取って喜ぶような親なら、それはもう『親』とは言えないだろう。

    自分がやるべきことはただ一つ。この世を、どのみち父のように終わりを迎えるこのたった一度の人生を、悔いのないように生きる。

    そういう決断だったのだ。それが、父の死を無駄にしない為の唯一の道だと、私は固く、決断した。

     

     

    画像:『STRONG WORDS(下巻)

     

    ※この文章は全てオーナー独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。

    著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

     

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