ユング『二人の人間の出会いとは、二つの化学物質が接触するようなものです。もし、何かの反応が生ずれば、両方とも変わってしまいます。』
スイスの心理学者 ユング(画像)
名言の意味を考えて、偉人の知恵を自分のものにしよう!
考察
『腐ったみかん』を想像するとわかりやすい。本当に、腐ったみかんの側にあるみかんは、腐敗がうつってしまうのである。
あるいは、感染病もそうだ。『あくびがうつる』などもそうだし、『趣味がうつる』などもそうだし、『太っている友人がいると自分も太る』もそうだが、人間には『連鎖』という見えない『鎖』がある。
ブッダの言葉の超訳として書いた、
という記事は、
『協調性はいい。だが、同調や追従、あるいは負の連鎖という見えない鎖でもってまで、人と繋がりたいという気持ちは、依存である。』
という意味で書いた。協調性があることはいいことだ。だが、どうせなら『正の連鎖』にした方が良い。本物には、本物が連鎖する。
関連リンク:ゾロ『このおれの命一つで!!勘弁して貰いてぇ……!!!』
ただし、もう少し考えてみよう。
『二人の人間の出会いとは、二つの化学物質が接触するようなものです。もし、何かの反応が生ずれば、両方とも変わってしまいます。』
『両方とも変わってしまう』ということは、『木乃伊取りが木乃伊になる』ということではない。それでは、『木乃伊取り』の方だけが変わっていて、木乃伊の方はそのまま木乃伊である。だからこの場合は『両方が変わった』ということではない。
両方が変わってしまうのだから、どちらか一方がその相手に色に染まってしまう話をしているのではなくて、何らかの理由によって両方の色が変わってしまうイメージを持たなければならない。
例えば、無害Aの物質と、無害Bの物質。この二つは、それぞれ単体であれば無害そのものなのであるが、この二つを混ぜ合わせたとき、大爆発を起こすか、毒物を撒き散らしてしまう。
そう考えると、この話は『普段は穏やかで陽気なA君が、同じく普段は穏やかで陽気なB君と深く会話したとき、どうも話が合わずに衝突して、最後にはお互い胸ぐらをつかみあって殴り合いの喧嘩をした』というシーンを思い浮かべると、つじつまが合うようになる。
しかし、『普段は穏やかで陽気な人』が二人そろって、喧嘩になることなどあるだろうか。
そりゃああるだろう。何しろ詐欺師や犯罪者も、『普段は穏やかで陽気な人』を演じることができる。例えばその二人が普段穏やかなのは、『宗教や思想』が関係しているのかもしれない。そしてその二人のそれが異なるものであれば、それだけで十分対立の要因になり得る。
ちなみに私と私の両親は、お互い『宗教や思想』が違う。それゆえ、数えきれないほどの衝突をしてきたものだ。父は死に、母は生きているが、母とはいまだにその衝突をしている始末である。
私と母親は、それぞれの対人関係の中で、『普段は穏やかで陽気な人』というレッテルを張られている。だが、この二人が交じり合うとき、両方とも互いに譲れないものを抱えていることが理由で、『最終的には相手と永久的な不和に陥っても仕方がない』という、まるで『穏やかではない』結論を下す覚悟を持った、愚かで未熟な、恐ろしい人間に成り下がる。
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著者:一瀬雄治(Yuji ichise.)
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