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キリスト『私の姿を見たことがない?それはただ視野が狭いだけだ。』


イエス・キリストの言葉


キリスト教の礎 イエス・キリスト

 

例えば道が二つある。両方とも同じ道だ。同じように作られた道で、同じように途中に人がいる。 一人目が一つの道を歩いた。

 

彼は途中で石ころを見た。
川を見た。看板を見た。家を見た。樹木を見た。
そして人を見た。
いつもと同じ風景だ。
いつもと同じ日常だ。
同じ道を歩いているのだ。当たり前だった。

 

二人目が一つの道を歩いた。

 

彼は途中で石ころを見た。
川を見て、魚を見た。
看板を見て、その看板を立てた人を思い浮かべた。
家を見て、家を建てるまでのドラマを想像した。
樹木を見て、そこに咲く花や木の実を見て感動した。
人を見た。するとその人は老人で、よく見ると道路の溝に足を挟んで動けなくなっていた。(これは危ないぞ)と思った彼は老人に手を差し伸べ、助けた。

 

老人は彼にお礼を言った。

『どうもありがとうね。』

 

『いいえ、気を付けてね。』

 

当たり前の様に言葉は出て来る。なぜなら、いつもそうやって生きている。いつもと同じ日常だ。

 

さて、両者は同じ道を歩いた。しかし、なぜこうも彼らの印象が違うのだろうか。前者にないものを、後者は持っていたように見受けられる。前者が見えなかったものを、後者は見つけられたように見受けられる。

 

それは『愛』である。『愛=神』だ。 後者の心を『愛』で満たしたのは、そこに『神』が宿ったからだ。だから後者は、人を救えたのだ。尊い草花や、魚や、人の気持ちを想像したからこそ、彼に神の力が宿った。 その『神=愛』が、老人を救ったのだ。

 

つまり自分以外の事を想像する力=愛。そこには、文字通り人智(人間の許容範囲)を超えて、気運をも前向きなものに創り上げる、絶大なパワーが宿るのである。自分の事だけを考える人間には、永久に『神』など見えるわけがない。

 

 

参照:『ヨハネの第一の手紙 第4章』

 

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

 

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