『ヒト』を最適化しよう。

2020年鑑賞映画(IQ.)4

1780作品1800 1780自転車

2020年

 

『大いなる幻影』

 

第一次世界大戦のフランスとドイツの戦いが背景となる。ドイツ軍の捕虜になったフランス人の収容所生活と階級意識、彼らとドイツ人将校との国境を超える友情を描いて、鋭く人道主義的立場から戦争を批判した反戦映画である。つまり、

 

  1. ドイツ人
  2. フランス人

 

がいて、それが戦争をしているわけだが、収容所での生活では『ただの人間同士』となるわけだ。表層ではもちろんそれを認めることはできないが、根底の所でそうした真理に衝き動かされていく。とにかく評価が高い映画で、

 

  • 「映画史上最高の作品ベストテン」(英国映画協会『Sight & Sound』誌発表)
    • 1952年:「映画批評家が選ぶベストテン」第13位
    • 1962年:「映画批評家が選ぶベストテン」第20位
    • 1972年:「映画批評家が選ぶベストテン」第18位
    • 1982年:「映画批評家が選ぶベストテン」第32位
    • 1992年:「映画批評家が選ぶベストテン」第29位
    • 2002年:「映画批評家が選ぶベストテン」第38位
    • 2012年:「映画批評家が選ぶベストテン」第73位
    • 2012年:「映画監督が選ぶベストテン」第59位
  • 1958年:「世界映画史上の傑作12選」(ブリュッセル万国博覧会発表)第5位
  • 2008年:「史上最高の映画100本」(仏『カイエ・デュ・シネマ』誌発表)第65位
  • 2010年:「史上最高の外国語映画」100本」(英『エンパイア』誌発表)第35位
  • 2010年:「エッセンシャル100」(トロント国際映画祭発表)第21位

以下は日本でのランキング

  • 1980年:「外国映画史上ベストテン(キネマ旬報戦後復刊800号記念)」(キネマ旬報発表)第5位
  • 1988年:「大アンケートによる洋画ベスト150」(文藝春秋発表)第5位
  • 1989年:「外国映画史上ベストテン(キネ旬戦後復刊1000号記念)」(キネ旬発表)第7位
  • 1995年:「オールタイムベストテン・世界映画編」(キネ旬発表)第10位
  • 1999年:「映画人が選ぶオールタイムベスト100・外国映画編(キネ旬創刊80周年記念)」(キネ旬発表)第19位
  • 2009年:「映画人が選ぶオールタイムベスト100・外国映画編(キネ旬創刊90周年記念)」(キネ旬発表)第59位

 

私は単純に新しい映画の方が見やすいのだが、その描かれるテーマの深遠さの価値が高く評価されるのだろう。

 

第一次世界大戦

『自転車泥棒』

やっとのことで仕事を得た失業労働者が、仕事に必要な自転車を盗まれてしまい、息子とローマの街を歩き回って自転車を探すだけの話だ。だが、ドキュメンタリー的撮影手法を用いて戦後の貧困にあえぐ当時のイタリア社会をリアルに映し出しているということなので、その歴史的シーンだけで貴重だ。最後は何とも言えない哀愁に包まれる。自転車を泥棒しなければいけない状況。そして、それだけで人生の窮地に陥るような当時の人の心境を想像しながら観たい。

 

 

哀愁、イタリアと茶利(ライフイズビューティフル、ニューシネマパラダイス)

『第三の男』

何しろ1949年の映画だ。70年も前の映画に現代人を喜ばせる要素はそうは多くない。通用するとしたら有名なBGM、そしてこの舞台となる第二次世界大戦後の米英仏ソによる四分割統治下にあったオーストリアの首都ウィーンという時代背景である。基本的に、こういう古い映画は映画自体がすでに歴史の一部となっている。例えば写される景色や、ファッション、流行、その時にあった規制や、口癖。そういった部分を楽しむ方向に切り替わっていくだろう。

 

BGM

『キュリー夫人』

放射線の研究で1903年のノーベル物理学賞、1911年のノーベル化学賞を受賞し、パリ大学初の女性教授職に就任した偉人、マリ・キュリーことキュリー夫人を描いた映画ということで、貴重な作品だ。専門的な会話がいくつも出てくるが、天才の会話を見ているようで見ていて楽しい。もちろん、80年も前の映画であり、これが特に名作というわけでもないわけだから、現代版にリメイクされるか、違う形でキュリー夫人を描いてくれたらもっと嬉しいだろう。

 

何かの映画に『才能とは続けることじゃないかな』というセリフがあったが、その言葉の重みをよく理解できる話だ。ダイソンは5126回、エジソンは1万回。この言葉の意味がわかる人であれば、この映画で出てくる『5677』という数字の意味に圧倒されるだろう。

 

偉人、実話、女性、天才、純愛、教訓、

『赤ちゃん教育』

1938年の白黒映画に期待はできない。それが最初の考え方である。だが、70年代以前の主に白黒映画で、私の想像を超えてくる映画の一つにこれがランクインされることになった。以下が現代を生きる私の心にも響いた過去の名作である。

 

  1. 素晴らしき哉人生
  2. 西部戦線異状なし
  3. 雨に唄えば
  4. アラバマ物語
  5. 赤ちゃん教育
  6. ローマの休日
  7. ティファニーで朝食を
  8. 奇跡の人

 

その他に、カサブランカ、黄昏、裏窓、七年目の浮気、ダイヤルMを回せ、お熱いのがお好き、自転車泥棒、深夜の告白、大いなる幻影、第三の男など実に様々な映画を観たわけだが、ここで挙げたものは現代人にも通用するところがあるだろう。特にこの赤ちゃん教育はその中でも最も古い映画だが、どう面白いかというと、コメディ的にという意味でだ。私は本当に志村けんか何かが演出に携わっているのかと疑ったほど、時代を超えて笑えるシーンがある。

 

 

犬が可愛い、笑う

『バリー・リンドン』

『七年戦争』は1754年から1763年まで行われた戦争で、軸となるのはイギリスVSフランスである。そこにオーストリアやアイルランドも巻き込まれるわけで、アイルランド人として生きる主人公のバリーもこの戦争と無関係ヅラをするわけにはいかなかった。そういう貴重な歴史を通過する点においても貴重な作品だ。更に、この原作がサッカレーという著名人であること、監督がスタンリー・キューブリックであるということが加わり、価値が一層に引き上げられている。

 

黒澤明ばりに細部にまで入念にこだわられただけあって、アカデミー賞の撮影賞、歌曲賞、美術賞、衣裳デザイン賞を受賞していて、確かに非常に豪華な時代劇を見ることができる。鬼才キューブリックの作品らしからぬ『正統派』的な内容で、彼が本気を出せば王道映画も作れることを見事に証明してみせている。彼の作品のラインナップを見てみよう。

 

  • 1971年:時計仕掛けのオレンジ
  • 1975年:バリー・リンドン
  • 1980年:シャイニング

 

攻めた作品に挟まれるようにこの映画があるのがわかる。実は興行的には苦戦し、制作費を回収するのに時間がかかり、『シャイニング』のような『売れる映画』に手を伸ばした背景があるという。私もTwitterで映画ファンにアンケートを取り続けているが、やはり名作として選ばれる映画に歴史映画が上がることは稀である。人間の歴史的には貴重な価値があっても、それが万人受けするかどうかとはまた別の話なのである。

 

 

アイルランド、名作(サッカレー)、ナウシカBGM

『ロリータ』

1997年の、2度目に映画化された方を先に観ていたが、スタンリー・キューブリックの方が面白いかもしれないとして鑑賞。だが、この作品でキューブリックが『性的な部分を思うように描けなかった』と言っているように、時代が邪魔して物語の本質を正確に演出できているのは97年版の方だと言えるだろう。

 

97年版は、制作中にアメリカの児童ポルノ禁止法が制定されたこともあり、アメリカより先にヨーロッパなどで公開されたが、児童の性犯罪事件が問題化していたイギリス、ドイツ、ベルギーでは上映反対運動が起こり、62年版のこれでもカトリック団体からの抗議があった。そのカトリックが児童に対して性的虐待をしているのだから何の説得力もないが。その真相は『スポットライト世紀のスクープ』で見ることができる。

 

屁理屈男

『月の輝く夜に』

第60回アカデミー賞では作品賞を含む6部門にノミネートされ、主演女優賞(シェール)、助演女優賞(デュカキス)、脚本賞を受賞しただけあって、それなりの見応えはあるが、例えば日本でいう『あぶない刑事』を今観るといくつかのジェネレーションギャップと時代の違和感を覚え、そこまで大絶賛をすることができないように、この映画もそのレベルだと言えるだろう。午後のロードショーで『テネット』がやっていたらTwitterのトレンドに上がるが、これがやっていても上がることはない。というレベルではないだろうか。

 

『眺めのいい部屋』

窮屈な生活を強いられている人が共感できる話だ。例えば貴族だったり、正装を着ることが多い人、厳しい躾を受け、監視に近い環境で生きる人など、がんじがらめの状況にある人などがそうだ。私などもそうなのだが、私の場合は自我が発達してからすぐにそれらの体制に逆らったので、大人になってからまだそのしがらみの中にいる人のことは、興味がない。

 

英国女性の旅(アフリカの女王、愛と哀しみのはて、アラビアの女王、イングリッシュペイシェント、インドへの道、杏奈と女王)、名作(EMフォースター)

アンナ・カレーニナ

1877年にレフ・トルストイが発表した『アンナ・カレーニナ』の映画化作品。名作と名高いこの作品だが、やはり『ロシア文学は暗い』と言われるのも無理はない。だが逆を言えば、表層を彩ることに躍起になる人間の滑稽さを、『メッキと純金の違い』というイメージで暴露するのがうまいのである。つまり、『表層に躍起になる人ほど闇を抱えている』のである。

 

名作というのはこの世を生きている限り何度もその話を目にすることがあるので、一度は見ておきたい作品だ。

 

名作、(愛と喝采の)、ドレッシーなキーラ(ある公爵夫人、パイレーツ、プライドと偏見、つぐない)不思議(座頭市)、不倫、衝撃

愛と喝采の日々

有名バレエダンサーが多く出演するので、バレエに造詣が深い人は楽しめるだろう。女性たちの物語なので、バレエに無知な男性よりも、女性向けの映画の印象がある。例えば『ブラックスワン』もバレエの話だが、前者である私は無知だが最高のエンターテインメントを満喫することができた。ああいうサスペンス調のドラマチックな展開はないので、大きく心が揺り動かされるということはない。

 

だが、この映画のW主演に等しいアン・バンクロフトは、この20年後に上映される『大いなる遺産』で怪しげな金持ちの老婆を演じるのだが、彼女の取る奇天烈な行動に意味を持たせるために、この映画は効いてくるかもしれない。

 

アンナカレーニナ、

『ニュースの真相』

CBSの人気番組『60 Minutes II』のプロデューサを務めるメアリー・メイプスの実話。ジョージ・W・ブッシュ大統領が従軍中に有利な扱いを受けていたという疑惑を追い、ブッシュに関する記録が処分されたり書き換えられたに違いないという声をもとに、真実を追求する。CBS放送は、アメリカ最大のテレビ・ラジオ・ネットワークを有する放送局で、NBC、ABCと並ぶ3大ネットワークのひとつである。

 

 

CBSの『60 Minutes』というのは信念のジャーナリストが集まりがちで、アルパチーノ主演の『インサイダー』でも、アメリカのタバコ産業の不正を告発したその番組のTVプロデューサーと大手タバコ会社副社長の実話が描かれる。だからぜひとも、その映画と併せて観たいわけだ。テレビ局という莫大な規模の世論に影響を与える存在が、どこまで正常に機能することができるのか。

 

更に、『ペンタゴンペーパーズ』、『ザ・シークレットマン』におけるディープスロート。このあたりも映画で観ておけば、何倍もこの映画を楽しむことができるだろう。

 

相手は両者とも、想像を絶する巨大組織である。

 

正義(スポットライト、スノーデン、大統領の陰謀、ペンタゴンペーパーズ、グッドラック、ディープスロートの話も)60ミニッツ(インサイダー)、巨大組織

『愛は静けさの中に』

とにかく主演のマーリー・マトリンが美しい。当時21歳だった彼女は史上最年少でアカデミー主演女優賞を受賞。彼女は実際に耳が聴こえない人である。この映画には驚かされた。1986年という古い映画に不変的なインテリジェンスを感じるのは珍しいことで、むしろほとんどない。私がこの時思い出した他の類似映画は『インセプション』などの類だ。展開が読めず、その展開が理にかなっていて、そのスピード感が賢いのである。人間は、

 

  1. 直線脳
  2. 迂回脳

 

として、脳の使い方を分けるものだ。分かりやすく例を出そう。

 

『これやっておいて』『はいわかりました!』

『これやっておいて』『え?・・えーと今日は用事が・・あったかな・・たしか、あ、はい。でも、できるかな・・あの人の方が』

 

どちらがどっちかということは説明する必要はないだろう。質問や直面する問題に対し、スッと来たら即答でサッと返す。こういう脳の使い方をする人は、何も考えていない無責任な人間か、相当な下積みがあり、基礎を積んでいて、そのデータを元に算出したから紛れもなくそれができる、という算段の上での人かどちらかだ。

 

だが迂回脳的な使い方の人は、未練がましく、自信が持てない。責任転嫁に慣れていて、なるべく楽をして生きていきたい。それによって誰かに負担が回ることになっても自分本位だからそこまで気にならない。そう考えた時、どちらが知的な脳の使い方であるかということは一目瞭然だ。もちろん短絡的に直線脳だから賢いということではない。基本的な考え方がこれである。

 

そうした一つ一つの事実を照らし合わせて考えると、この映画の展開と彼らが織りなす会話や意思疎通は、とても感心するレベルである。障害を負った人という、『常識から外れた人生』を送る人と、それを教育する人を『猛者』と考えた時、この要素を受け入れることができる。壁があることが当たり前という前提で展開される知的な物語からは、尊ささえ感じたのである。

 

 

愛の名作シリーズ(愛と哀しみの果て、愛は霧のかなたに、愛と青春の旅立ち、愛と喝さいの日々)、病気、いい先生(愛と青春の旅立ち、スクールオブロック、プレシャス、小説家、グッドウィル、奇跡の人)

『旅立ちの時』

『スタンド・バイ・ミー』のリバーフェニックスが主演。妙に奇妙で違和感のある設定だが、彼の両親がテロリストだ。これは説明が必要だ。主人公の両親のモデルは、1970年代に政府ビルの爆破などのテロ行為を行った過激左翼グループ「ウェザーアンダーグラウンド」の指導者ビル・エアーズと妻のバーナディン・ドーンとされる。2008年、この左翼テロリスト夫婦はバラク・オバマと大変親しい関係が過去より続いていたと報道されたという。

 

この情報を知っていればこの映画の奥行きが変わってくるだろう。爆破などは相当過激で正当化はできないが、70年代前後のあの頃のアメリカは、国の指導者が狂っていた。まず63年にケネディ大統領が暗殺され、弟のロバートケネディも暗殺。そしてニクソン大統領になり、ベトナム戦争に対する強硬姿勢は続いた。罪のない人間が戦争で命を落とし、多くの人たちがPTSDになる。

 

そのベトナム戦争のきっかけ『トンキン湾事件』もアメリカが仕組んだことなのだから、これはアメリカの指導者側が国民たちに大きく反対されるのも無理はないと言えるだろう。私とてそういう理不尽な状況で戦争に繰り出されたらそれくらいのことを考えるだろう。少なくとも妄信的に国に従うということは絶対にない。

 

この映画の主人公は両親ではなく彼らの息子だから、そこに直接は触れない。だが、そういう時代背景を考えると『そんな両親の子供の人生とは』という一つの疑問が浮かび上がるようになり、彼の心境を想像しながら映画にのめりこむのであった。

 

ピアノが弾きたい(ピアノレッスン、バグだっとカフェ、戦場のピアニスト)、騙し通せ、訳あり家族、様々な10代、複雑な家庭(はじまりへの旅、ファング一家)哀愁

『3時10分、決断のとき』

1957年に公開された『決断の3時10分』のリメイク。私はそっちを観ていないのでこれが初見だ。西部劇というのはその存在の意味を知らない時は嫌いだった。だが、歴史を知って、なぜ彼らがあのような『荒野』にいるのか、そしてガンマンであり、アメリカでよくそれが流れるのか。それを知るとスムーズに受けいれることができるようになった。要は、日本でいうところの『時代劇』なのである。

 

時代劇というのは日本ではお侍さんがいて、というイメージだが、そのアメリカ版が、西部劇なのである。もちろん時代劇というのは『その時代を切り取った舞台や映像作品』であるからして、イギリスの場合は大英帝国時代の、カツラやドレスを着て貴族がいて、というそれが時代劇となる。西部劇というのは、アメリカの西部の話だからそう名付けられている。東部には首都のワシントンやニューヨークなどがある。西部にはカリフォルニアやテキサス、そしてロスアンゼルスなどがある。

 

西部は昔、先に居ついた東部と比べて『未開拓エリア』だった。だから荒野が多かったわけだ。イギリスとフランスから宗教的な背景を抱えながら白人が新天地を求めてアメリカ大陸にやってきた。インディアンと呼ばれる先住民はいたが、彼らを迫害しながらエリアを拡大。そしてアメリカ合衆国を作るようになる。その最初が東部だ。

 

そして西部の方にも手を伸ばす。西部には金鉱があり、ゴールドラッシュを狙って人々が押し寄せた。土地も欲しい。鉄道を作ってエリアを確保し、人を流入しながら雇用し、働き、とにかくこの地をアメリカ人のものにしようと躍起になったのである。BTTFで言うと『3』の時代がそうだ。だからあそこで鉄道が一つのカギとして話の主軸に出てくる。

 

また、ガンマンがいる理由は彼らが『通用した』からだ。要は、まだ土地もインフラもない荒野のそのエリアは、警察組織もままならかった。保安官はいたが、彼らがまとめる秩序の光は弱く、闇たる悪人たちがのさばりやすい状況下にあった。youtubeやインスタも、最初はエロ、グロが簡単にまかり通っていたが、あれに似ている。大勢の人が集まり、徐々に現在の社会のように、ルールが敷かれて秩序が作られていく。

 

そんな時代背景を知ることができれば、西部劇はもう最高のエンタメだ。果たして彼はそういう状況下の中、何に重きを置いて生き貫くのだろうか。混沌とした世界だからこそ、人々が心底に抱える信念の槍の形が、浮き彫りになる。

 

 

西部、正義、凶悪護送(羊たちの沈黙、アイデンティティ、セブン、藁の楯、ミッドナイトラン)、中国人(ワンチャイ、BTTF)3時ごろの電車(パリ行き、ユマ行き)VSラッセル(レミ是、アメギャン、ホアキン)南北直後の話(ワイルドガン)

『レザボア・ドッグス』

鬼才タランティーノ監督の一発目だ。では彼の監督作品を見てみよう。

 

公開年
  • 邦題
  • 原題
監督以外の役職 備考
脚本 製作 出演 その他
1992 レザボア・ドッグス
Reservoir Dogs
役名:ミスター・ブラウン
1994 パルプ・フィクション
Pulp Fiction
役名:ジミー
1997 ジャッキー・ブラウン
Jackie Brown
役名:留守番電話の声
2003 キル・ビル Vol.1
Kill Bill: Vol. 1
役名:クレイジー88のメンバー
2004 キル・ビル Vol.2
Kill Bill: Vol. 2
2007 デス・プルーフ in グラインドハウス
Death Proof
撮影 役名 : ウォーレン
2009 イングロリアス・バスターズ
Inglorious Bastards
役名:ドイツ軍兵士/アメリカ軍兵士
2012 ジャンゴ 繋がれざる者
Django Unchained
役名:フランキー
2015 ヘイトフル・エイト
The Hateful Eight
ナレーター
2019 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
Once Upon a Time in Hollywood
役名:レッド・アップルのCM監督(声のみ)

いかがだろうか。彼の映画はほとんどが大ヒットしている。彼の映画のファンも大勢いるだろう。この映画も音楽が有名で、日本テレビ系『旅猿』で東野幸治と岡村隆史、出川哲朗のトリオが、ロケ地の喫茶店に旅行したついでに、この映画のシーンの真似をしていた。彼の映画は、

 

  1. 音楽がコロコロ変わる
  2. 主軸となるキャラ(視点)がコロコロ変わる
  3. テキストやアニメがよく差し込まれる

 

などの特徴があることが多く、そういう演出に慣れていない人は一体どのようなストーリーになっているのか混乱してしまう人も多いだろう。私も『イングロリアス・バスターズ』を初めて観た時は意味不明の映画という感想だった。だが、映画に慣れてきたころ、それはなかった。ワンハリなどは最も新しいが、最初からそうして構えて鑑賞していたので、どんな展開になっても動じなかったし、そういう心構えがあれば十分楽しめ、内容もよく入ってきた。

 

レザボアドッグスは彼の最初の作品だから、彼の手法を知るためにも見ておいた方がいいだろう。視聴者をあえて混乱させた方が、犯人や要注意人物が誰なのかがわからず最後まで楽しめる、という考え方もある。

 

 

音楽、不良、おとり(ディパーテッド、フェイスオフ、インファナル・アフェア)

『イージー☆ライダー』

70年代前後にあったアメリカン・ニューシネマの代表作であるからして、その衝撃的な結末で知られる。それがアメリカン・ニューシネマの特徴だ。他にも、

 

  • カッコーの巣の上で
  • タクシードライバー
  • 時計仕掛けのオレンジ
  • フレンチコネクション
  • 明日に向かって撃て!
  • 俺たちに明日はない
  • チャイナタウン

 

これらが挙げられるわけだが、それら全てに共通点があることは鑑賞者であればわかるだろう。劇中で登場していたマリファナは本物を使用していたというが、最後に使用するLSDも怪しいところである。しかしそれがこの時代の特徴だ。特典映像には、この時代の映画のリアルを描いた映画があまりなかった、というコメントがあるが、ベトナム戦争に逆らう形で生まれたアメリカン・ニューシネマや、ヒッピー文化の中で、彼らのようにドラッグを乱用する人たちは大勢いたのである。

 

このあたりのことを知っていると、ディカプリオの『ザ・ビーチ』の集団の意味や、一瞬だけ描かれるサイケデリックトランスで踊り狂うシーン、そしてこの映画に登場する謎の集団たちの目的、『ワンハリ』に出てくるマーゴットロビーが演じたシャロンテートを殺害する、狂信的カルト指導者チャールズ・マンソンの信者グループの目的などが見えてくるだろう。

 

音楽が有名。映画自体は子供が見るような内容ではなく、当時の時代背景を切り取ったものである。

 

音楽、不良、衝撃、ザ・ビーチ、ワンハリ

 

『トータル・フィアーズ』

時はチェチェン紛争があったその時期。冷戦は1989年に終わっているし、911の2001年にもなっていない。ちょうどこのあたりの時期のアメリカが、世界とどういう関係にあったのかということを、ジャックライアンシリーズを通して覗いてみる。

 

  • 第一次チェチェン紛争(1994年 – 1996年)
  • 第二次チェチェン紛争(1999年 – 2009年)

 

冷戦が終わったとは言え、米ソの関係はそんなにはすぐに修復されることはない。そんな中、もしアメリカに核攻撃が行われたら、アメリカは敵がどこだと推測するだろうか。それはチェチェン紛争に対する強硬手段を取るロシアを目の当たりにしたばかりであれば、頭に浮かぶのはロシアになってしまうだろう。核保有国はそう多くはない。ジャックライアンは、その核攻撃が一体どこから行われたのかを調べる。もしロシアじゃなければ大変なことになるからだ。

 

『キューバ危機』を代表として、冷戦中に幾度となく想像された核戦争。「ヤルタからマルタへ(“From Yalta to Malta”)」。ヤルタ会談で始まり、マルタ会談で終わった冷戦で、ゴルバチョフは次のように述べた。

世界は一つの時代を克服し、新たな時代へ向かっている。我々は長く、平和に満ちた時代を歩き始めた。武力の脅威、不信、心理的・イデオロギー的な闘争は、もはや過去のものになった。私はアメリカ合衆国大統領に対して、アメリカ合衆国と戦端を開くことはもはやないと保証する— ミハイル・ゴルバチョフ、ソビエト共産党書記長

 

ブッシュ大統領はこれに対し、

我々は永続的な平和と、東西関係が持続的な共同関係になることを実現することが出来る。これはマルタで、ゴルバチョフ議長と私がまさに始めようとする未来の姿だ— ジョージ・H・W・ブッシュ、アメリカ合衆国大統領

 

と述べた。では、それは冷戦が終結すれば本当に世界の核戦争の脅威は完全に断たれるのだろうか。

 

ジャックライアンシリーズ

  1. レッド・オクトーバーを追え! (1990年)
  2. パトリオット・ゲーム (1992年)
  3. 今そこにある危機 (1994年)
  4. トータル・フィアーズ (2002年)
  5. エージェント:ライアン (2014年)

 

中東戦争、核、プルトニウム(BTTF、テネット)、緊迫の米ソ(レッドオクトーバー、クリムゾンタイド、ピースメーカー、13デイズ、博士の異常な愛情、ブリッジオブスパイ)

『愛と追憶の日々』

残念ながらあまり感想がない。申し訳ないが、私にはこの映画を語る資格はないようだ。しかし、以下の輝かしい賞の数々を見てわかるように、わかる人にはわかる、至極の名作のようである。

 

  • 第56回アカデミー賞
    • 受賞・・・作品賞/監督賞/脚色賞/主演女優賞(シャーリー・マクレーン)/助演男優賞(ジャック・ニコルソン)
    • ノミネート・・・主演女優賞(デブラ・ウィンガー)/助演男優賞(ジョン・リズゴー)/作曲賞/美術監督・装置賞/音響賞/編集賞
  • 第41回ゴールデングローブ賞
    • 受賞・・・ドラマ部門作品賞/脚本賞/ドラマ部門主演女優賞(シャーリー・マクレーン)/助演男優賞(ジャック・ニコルソン)
    • ノミネート・・・監督賞/ドラマ部門主演女優賞(デブラ・ウィンガー)
  • 第49回ニューヨーク映画批評家協会賞
    • 作品賞/女優賞(シャーリー・マクレーン)/助演男優賞(ジャック・ニコルソン)
  • 第9回ロサンゼルス映画批評家協会賞
    • 作品賞/監督賞/脚本賞/主演女優賞(シャーリー・マクレーン)/助演男優賞(ジャック・ニコルソン)
  • その他
    • 第18回全米映画批評家協会賞 主演女優賞/助演男優賞
    • 第38回 英国アカデミー賞 主演女優賞 ノミネート
    • 第58回 キネマ旬報ベスト・テン 委員選出外国語映画第4位
    • 第8回日本アカデミー賞 優秀外国語映画賞

 

評決

平和に貢献したくて警察になった。正義を守りたくて弁護士になった。人を救いたくて医者になった。だが、現実は違う。平和は永久に訪れないし、弁護士が守れない正義があり、医者が救えない命がある。何年も、何十年もそういうこの世の中で息をしていると、いつの間にか当初の夢や希望や信念は薄れてしまうものである。たとえ本人は忘れたつもりがなくても、忙しければどうだ。お金に追われればどうだ。

 

衣食住に国民の義務。この世界に完全に蔓延している社会制度と経済的事情は、この世界で生きる人々のそれを忘れさせる。『7つの習慣』にあるマトリックスで考えるとわかりやすい。

 

マトリックス
画像

 

第一領域は、まるで『脅迫』だ。第三領域は、自分にとって本当に有意義だろうか。第四領域は、逆に言うとこれは『時間に支配されている』。それに反発しようとして、そこから逃げることで自由を得ている感覚になっているだけだ。

 

最も重要なのは『第二領域』である。『タイムリミット』、『緊急性』、つまり『時間』に支配されない唯一の過ごし方。『時間』と最良の向き合い方をする『第二領域』の人生。これが出来るかどうかが問われている。主体的にこれを意識をしなければ、大勢の人や時の流れといった大きな河の流れから、抜け出すことは出来ない。

 

さて、今回の主人公も第一領域に追われ、第二領域に目を向けることを忘れてしまっていたようだ。だが、このまま終わるのか。このまま人生を終えて本当にいいのか。かつて心底で燃え上がった男の信念が、人生の黄昏時を迎えたその時、男の心を揺り動かした。

 

 

裁判、正義、巨大組織(アメギャン、ジョンQ、プロミスと)コード(レッド(アフューグッドメン、ブルー医療用語評決)

マディソン郡の橋

私は不倫の話があまり面白いと思えないのでこれはハマらない。だが、多くの世代に響いているようなので、実際のところ彼女の気持ちがわかる人は大勢いるのではないだろうか。話の中でも、不倫というテーマが正道から逸れていることは十分承知の上だと言わんばかりに、その否定から始まる。不倫をした実の母の告白に対し、子供たちが強く非難するのだ。

 

そういう描写は作中でも何度もある。『だが』というところが、この映画のテーマのようである。『その理性と倫理を超えた何か』というところに、この映画の価値があるわけだ。それは、普段『常識』や『人目』を気にして狭い枠組みの中で窮屈に生きている、つまり『生きながら死んでいる』という言葉が響くような人が、共感できるのではないだろうか。

 

私の場合、そういう窮屈さで例えば鬱病になったり、自殺したりするような人間ではなく、自分のやりたいように、自由に、ある目線から見れば無責任かつ生きているので、彼女の気持ちとは違う世界にいる。だから響かないが、実際には私のような人間の割合は少ない。だから昼ドラで描かれる昼ドラや、韓流ドラマのような展開が日本人の多くに好まれるのだ。そっちの割合の方が多いのである。

 

不倫、遺灰(あなたへ、はじまり)、儚い恋

ドラゴンタトゥーの女

映画館で観た時は、とにかくあのCMが格好良くて興味をそそられたものだ。あの時覚えているのは、彼女が暴行されるシーンにモザイクがかかっていること、彼が侵入する際に、その家の空気がドアが閉まる時にひゅっという音と同時に変わったことだ。あの時は映画館の時間が止まっていた。すごい緊張感だった。ルーニー・マーラが演じる彼女の性格は私にとってもちょっとしたツボで、華奢で本当は女性らしいのに、生きていくために凶暴なことをしなくてはならないことや、頭が良いが為に孤高であるところなど、見ていて飽きない。

 

原作を全部観ていないので全容は知らないが、続編の『蜘蛛の巣を払う女』では過去が多少出てきて、今Wikipediaでも調べると父親は母に暴力を振るうなどしていることから、彼女が同性愛者的な性癖を持つのは、彼女の過去が関係しているのかもしれない。だがそれでもこの作品でも見られるように、ミカエルという男とも関係を持つ。その時点でバイセクシャルだが、この話の流れから見ると、本当の彼女は同性愛者でもバイセクシャルでもなく、本当は男性を愛して結婚し、子供を持つという『正道』を生きたいが、それは自分の人生では叶わない願いなのだと決めつけているところがあるように見える。

 

その孤高が『孤独』に変わるちょっとした切ないシーンで見える哀愁に、私は共感を覚える。私はノーマルだが、自分の信念を決して曲げられないので、彼女のように『やむを得ず方向転換するしかない』という状況を何度も体験しているからだ。

 

さて、とにかくこれは極上のエンターテインメントだ。まだ観ていない人は必ず見たことがない新たな世界観を見ることができるだろう。

 

孤独、哀愁、ジャーナリスト、ハッカー、家族の汚点を探せ(ナイブズアウト)、女をなめるな(テルマ、恐怖のメロディ、くいめ、ハーレイクイン)

 

ブルーベルベット

映画を差別しないようにしている私も、やはりこうして多くの映画を観るとなると、苦手な分野が存在するようだ。

 

  1. デヴィッドリンチの映画
  2. ウディアレンの映画
  3. コーエン兄弟の映画
  4. 不倫もの
  5. 当時の人にしか分からない当時の空気感を大事にしたもの

 

こういう映画はあまり響かないようだ。例えばこのブルーベルベットもデヴィッドリンチの映画だが、

 

  • ブルーベルベット
  • ワイルド・アット・ハート

 

とその両方が全く心に響かない映画だ。ただ、これらの方向が好きな人がいるからこそ彼らが地位を確立しているわけだから、私にはこれらの映画を語る資格はないとしていうことだろう。

 

 

南極物語

高倉健の『南極物語』のリメイク権をディズニーが取得し、登場人物を米国人とするなどして新たに製作された。主演を務めるのが今は亡き『ワイルドスピード』の元祖主人公、ポールウォーカーだ。私はオリジナルを観ていないのでこの映画で見るシナリオが初見だが、十分映画として成立する、質の高い作品だった。動物たちと人間の絆を描いた物語がつまらないと思ったことはほとんどない。

 

犬が可愛い、大自然、大自然の犬(野性の呼び声

ファイブ・イージー・ピーセス

1970年に上映されたこのアメリカン・ニューシネマには、その時代の顔であるジャックニコルソンが主演を務める。今、いくつかのその時代の映画の感想文をまとめて書いていて感じるのだが、やはりこれらの時代の映画は当時の生の感覚を知らない私には分からない、『リアルタイムの映画』なのではないだろうか。もちろん映画というのは往々にしてそうだ。その時代を生きる人に共感され、興味を持たれなければ売り上げが伸びず、興行的に失敗し、製作者側が赤字になってしまい、最悪の場合はそれによって人が死ぬこともある。だからそうなることは仕方がないことだ。

 

しかし、そう考えるとこのアメリカン・ニューシネマの時代で卓越した映画は、

 

  1. タクシードライバー
  2. 俺たちに明日はない
  3. ダーティハリー
  4. 時計仕掛けのオレンジ

 

これらの映画くらいではないだろうか。彼が出演する『カッコーの巣の上で』もかなりいい線をいっているが、正直これよりもディカプリオの『シャッターアイランド』の方が現代人にウケるはずだ。チャイナタウンも、なんとも言えない。この映画もその類の一つだ。アメリカン・ニューシネマはラストシーンが共通してハッピーエンドではないのでそこだけ前のめりに注目したが、ふむ、確かに面白いが、それだけである。

 

 

ナッシュビル

この映画は、アメリカン・ニューシネマの代表作の一つ『ロンググッドバイ』の主演、アルトマンの最高傑作の一つとして知られている。・・ようだ。様々なスターたちが多数出演し、それぞれがそれぞれの舞台で物語を紡いでいき、最後に彼ら全員が同じ場所に集合する。この映画も、他の同時代に出て高評価されているという映画同様、『当時の人々』にしか響かないのではないだろうか。少なくとも私には何を見せられているのか、チンプンカンプンだった。

 

私が映画鑑賞に対して主体性が低い時期に見ているならわかるが、そうではなく、たくさんの本を読んで宗教や心理学や哲学、神話や歴史を学び、映画鑑賞を真剣にやるようになっても、映画館に13年間毎週連続で、一人で鑑賞するくらいの私であっても、この映画の良さが分からない。

 

だとすれば、そういう映画の共通点は、『その時代を生きる人達だけに響けばいい』という、時代に大きく影響された映画なのではないだろうか。普遍的で不変的なテーマではなく、例えばこのあたりの時代で言えばケネディ大統領という国のトップが暗殺され、弟のロバートケネディも暗殺され、マルコムX、キング牧師、メドガーエヴァースという黒人指導者も暗殺されたわけだ。またベトナム戦争はどうだ。アメリカン・ニューシネマの流れはどうだ。

 

ヒッピー文化は。ドラッグは。ニクソン政治は。当時流行の音楽やファッションは。そういった当時の生の感覚を知らない私には分からない、『リアルタイムの映画』なのではないだろうか。ポスターがお洒落だから楽しみにしていたので前のめりに見たはずが、あまり刺さらない。それであればと、そういう推論をするのである。

 

群像劇(バベル、マグノリア、クラウドアトラス

トッツィー

ダスティンホフマンがとある理由でやむを得ず女装をするのだが、これがまた本当の女性に見えなくもないのが彼の演技力のすごいところだ。もちろん、身長が元々167㎝と小柄だということも関係しているだろう。だが、ほぼ同じ170㎝という身長のロビンウィリアムズの場合、体格が良すぎるので『ミセスダウト』の彼の女装は無理があった。それは悪口ではなく、笑える女装なので、あの映画の色と合っていてそれはそれで成功だった。

 

人間というのは面白いことに、『もうすぐ死ぬ』とか、『着ぐるみを着る』、『サングラスをかける』、『コスプレをする』などの『別人になり切る』ことで全く新しい『なりたい自分』になることができるもの。最近ではyoutuberにおけるVtuberだとか、その類もそうだ。そしてその思い切りの良さが大胆かつユニークに移り、人々の注目の的になってしまうことがある。

 

だが、フランスの作家プレヴォがこう言ったように、

 

その『違う自分』が受け入れられることの複雑さは本人が一番よく理解している。では、訳あり女装をした彼の場合は、どういう結末を迎えるのだろうか。

 

 

訳アリの女装

テルマ&ルイーズ

「90年代の女性版」アメリカン・ニュー・シネマと評されており、また、ブラッド・ピットの出世作としても知られる。だがブラピの出世作は

 

  1. リバー・ランズ・スルー・イット
  2. インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア
  3. レジェンド・オブ・フォール/果てしなき想い
  4. セブン

 

などもそれが語られることがあるので、どれが本当かは分からない。だが確かにこの中で最も若い時代に出たのがこの映画である。私は今まとめて映画感想を書いているのだが、アメリカン・ニューシネマで、

 

  • スケアクロウ
  • ロンググッドバイ
  • チャイナタウン
  • 明日に向かって撃て!
  • イージーライダー
  • フレンチコネクション

 

などいくつも名作が挙げられる中、これといってこれがずば抜けていると感じる作品はそう多くなく、また、ウディ・アレンの映画や、70年代の映画、不倫の映画など、多くの映画を観てきたが正直な感想として、あまり『良い映画を観た』ということは書けない映画が続いていた。

 

だが、この映画は違う。ずば抜けている。主人公のスーザンサランドンとジーナデイヴィスの二人にある種の後光が差して見えるくらいの、そういう衝撃がこの映画にはあるのだ。たかが女性の二人旅と思わない方がいい。この映画のクライマックスのシーンは、世界一売れてギネスブックにも載った問題作のゲームソフト『GTA』にも登場する。

 

我々はいずれ死ぬ。そんな有限の人生をあなたなら、どのように終わらせたいだろうか。

 

女、哀愁、エンドロール、命の使い方

グロリア

どこに書いてあったかは忘れたが、Wikipediaとかその手のきちんとした映画説明ページでこの映画が『子連れ狼』の影響で作られたことが記載してあった。そしてそれは確かにうなづけるような内容だった。更に、あの映画史に残る名作『レオン』はこのグロリアが軸になっているという。これもどこにあったかは忘れたが、今Wikipediaなどを観ても見当たらない。つまり、

 

  1. 子連れ狼
  2. グロリア
  3. レオン
  4. ロード・トゥ・パーディション

 

このあたりの『子連れ系』の映画は、どちらにせよ日本の子連れ狼が軸になっているのである。子連れ狼というのはダウンタウンもあの伝説のコント番組『ごっつええ感じ』で『ちゃーん!』と叫ぶパロディコントを作っていたように、この世界の実に多くのクリエーターに影響を与えたようだ。私はこの映画の中で一番感動したのは『レオン』で、その次に哀愁があったと感じるのは『ロード・トゥ・パーディション』である。

 

もちろん、グロリアも当時に生きてこれをそうした何の先入観も色眼鏡もなく観ていたなら、きっと感動できただろう。

 

女性

ドライビング Miss デイジー

1940~70年代のアメリカを描いた映画で、やはりその話の節々には黒人差別問題が展開される。だが、南部では黒人だけではなくユダヤ人も迫害の対象で、KKK(白人至上主義)が集会所を襲撃するなど、そういう当時頻発した悲惨な出来事を交えて、モーガン・フリーマン演じる黒人運転手と、高齢のその雇い主である老婆の奇妙な関係が描かれていく。

この時代だから、キング牧師の話も出てくる。彼の説教を聞こうというのだ。主人公のデイジーは意固地な見栄っ張りだが、人種差別をするような人間ではなかった。その根幹にある優しい心は、運転手の男の誠実な心とリンクしていた。性格がゆえにそれが中々表面化されないが、晩年を迎える時、彼らの真の絆が明らかになるのだ。

 

アメリカは難しい時代だった。それに加え、彼らのような人間同士は水と油のように絡み合うことは自然ではなかった。そんな難しいシビアでリアルな現実が、この奇妙な二人の関係の絆の希少さを、盛り上げてくれるのである。

 

運転手、絆、女性

『ハンナとその姉妹』

これは私の苦手なウディ・アレンの映画だ。もうウディ・アレンの映画は大体『小さな出来事しか起きない』ので、昼ドラか何かを観ているような感覚で、贅沢感がまるでない。有限のこの人生、私は昼ドラもドラマももう見ないことにしたので、映画をどうせ見るならもっと大規模な出来事が観たい。だからこの映画からも特に何かを感じることはなかった。もちろん、好きな人は好きな映画だろう。私は映画を批判したくないので、批判気味の時は私の意見を聞く必要はない。

 

屁理屈男

『マグニフィセントセブン』

七人の侍、荒野の七人を観たついでにもう一度鑑賞だ。以前映画館で観たのだが、もう一度それらを整理する意味でも再確認してみた。やはり、私は古い映画より最近の映画の方が感情移入できる。ハイクオリティに慣れてしまっているのだ。私は一時期映画が嫌いだった時代があるのだが、それはチープなクオリティの、嘘が丸わかりの爆破シーンとか、人形感丸出しのモンスターなどを観たことで、興ざめしたことが原因である。

 

ジョーズ、グレムリン、ET、ネバーエンディングストーリーなどがそうだ。そのチープさを逆に利用した『チャイルドプレイ』などは良かったが、それ以外のほとんどはだめだ。チャイルドプレイなどは本当に、最近のバージョンは全然怖くなかった。チープさが武器になったり、デメリットになることがあるということである。

 

だから正直、七人の侍よりもマグニフィセントセブンの方が見やすい。それが正直な感想だ。だが、もし黒澤明が生きていて、現代の感覚で侍を描いてくれたなら、私は必ずそっちを好きになっていたことだろう。

 

正義、復讐、

『荒野の七人』

黒澤明の日本映画『七人の侍』(1954年)の舞台を西部開拓時代のメキシコに移して描いたリメイク映画だ。音楽が印象的だから、この音楽で心躍るアメリカ人は、その後に作られる『マグニフィセントセブン』のエンディングでこれが流れたとき、鳥肌が立っただろう。私はどれも観ているから展開が分かるので特に感想はないが、これはこれで文句はないだろう。

 

最後のセリフも七人の侍のセリフと同じ的を射る言葉であり、オリジナルのエッセンスはしっかりと受け継いでいると言える。

 

正義、復讐、音楽

『ロンググッドバイ』

この映画も70年代前後のアメリカン・ニューシネマの一つだが、『スケアクロウ』の記事にも書いたように、あまりこの映画から衝撃を受けるものを感じることはない。正直見流してしまっていた。これに関してはヤフー映画の評価が★3であることに文句はない。この映画の何がすごい、ということを言えるポイントは私には見つからなかった。熱意が足りなくて申し訳ないのだが。

 

『スケアクロウ』

この映画が千葉真一主演の『十字路』と『冒険者カミカゼ -ADVENTURER KAMIKAZE-』でモチーフにされるなど、後世のテレビドラマ・映画にも影響を与えているというのだが、私は正直なところ、70年代のこのアメリカン・ニューシネマで衝撃的に見応えがある映画というのは『カッコーの巣の上で』でも、そこまでは届かないと考えている。

 

  1. タクシードライバー
  2. 俺たちに明日はない
  3. ダーティハリー
  4. 時計仕掛けのオレンジ

 

これらの映画くらいではないだろうか。フレンチコネクションも明日に向かって撃て!ももちろんいいが、正直これもそれもあれもどれも、特に現代を生きる人間には衝撃を与えるとは言えないだろう。だが、当時の人々からすれば違ったはずだ。カッコーの巣の上でなど特にそうだろう。私はこの映画を、そんな風に当時の人々のことを思い浮かべながら鑑賞した。

 

不思議な二人旅

『ワイルドガン』

この映画はヤフー映画などで★3とかいう低評価がついているが、まずはこれを聞いてほしい。

 

  1. ドナルドサザーランドとキーファーサザーランドの親子が共演している
  2. ドナルドはキーファーが演じる『24』でジャック・バウアーの父親役としての出演を依頼した際、『インディ・ジョーンズ』シリーズにおけるショーン・コネリーとハリソン・フォードのような親子関係ならOKだと答えたが、息子を殺そうとする役だと聞いて断った
  3. 親子共演は恐らくこれが最初で最後 ・ドナルドは三船敏郎の大ファン
  4. 原題は『Forsaken(見捨てられた)』
  5. アメリカ人にとっての『七人の侍』の代替は西部のガンマン

 

今カリフォルニアとかLAとかがあるアメリカの西部は昔荒野だった。そこを開拓して金を掘り当て、鉄道を通して、なんてしながらアメリカを作っていった。 BTTF3で戻った過去の時代がそれだ。なぜ侍=ガンマンかっていうと、侍がこの世に登場したのは『自警団』としてだった。そしてガンマンも同じだ。保安官が真っ当な仕事をするまで、警察が配備されるまで、カウボーイハットの正義を守る自警団がアメリカを守ったのだ。

 

ドナルドはもう85歳で長くない。それで息子との共演をするってなって、三船敏郎が出た『七人の侍』みたいな、彼が憧れたそういう正義の光の届かないところで秩序を守る正義のガンマンみたいな、そういう映画で共演出来たら、きっと最高の思い出になるし、何度見返しても感慨に浸れるって思ったはずなのだ。

 

この映画の原題は『Forsaken(見捨てられた)』。作中にも『神に見捨てられた。俺は南北戦争で多くの人が無意味に死ぬのを見た』というシーンがあって、それも奥がとっても深い。 牧師であるドナルド役の父が息子に神をさとす。でも、悪人が人を殺して秩序を乱す。誰かがやらなきゃいけない。一人死に、二人死んでいく。そんな『神に見捨てられた土地』で『男』がやるべきことはなんなのか。 こんなことを総合的に考えた時、少なくとも彼ら親子からすれば、最高の映画なのだ。最後の哀愁あるエンディングも最高だった。

 

『ワイルドガン』。これは、映画に恋をし、映画に生きた二人のアメリカ人が、日本の武士道精神に敬意を持って作った、最高の作品だ。(多分)

 

確執、神はいない、孤高、正義、復讐

『コンビニ・ウォーズ バイトJK VS ミニナチ軍団』

Mr.タスク』というホラーコメディ映画に登場するコンビニ店員のスピンオフ映画。女性の一人はジョニー・デップの実の娘のリリーローズデップだ。私はホラーを観ないから、ホラーコメディはもっと観ない。もっと意味のある映画を観て人生の糧にしたいと考えているので、正直この映画も、ジョニー・デップとの親子共演がどんなものなのかということが気になって観た映画だ。

 

観ても観なくてもあまり変わらない映画だ。だが、ホラーコメディが好きな人、何も考えずにお菓子をほおばりながら映画を適当に見る、という人は、いい娯楽の時間を提供するだろう。

 

親子共演、

『タワーリング・インフェルノ』

これはポール・ニューマン、スティーブ・マックイーンという2大スターが共演した1970年代中盤期の「パニック映画ブーム」の中でも最高傑作と評されているのだが、私は『スカイスクレイパー』を先に観てしまっているので、内容が見えてしまったからあまり驚きはなかった。そして、当時からすればそうだったかもしれないが、あれから50年経った今、その時代を生きる私が観て、別に最高傑作だとは思わない。

 

もちろん映画のプロからすればこの映画を評価できない奴は素人だと言うのだろうが、正直なことを言っただけだ。スカイスクレイパーダイハードとこれのパクリだと酷評されていたのは知っているが、それは後で知ったことで私はそれを知らずしてあの映画を観たので、正直、そのどれもが別に『最高傑作』ということにはならない。

 

豪華共演

『グッバイガール』

主演のリチャード・ドレイファスがこの作品でアカデミー主演男優賞とゴールデングローブ賞主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞したので観たのだが、私はあまり感情移入できなかった。映画を愛する私はなるべく差別しないように平等に見ているつもりなのだが、やはりどうしても身が入らないものがある。良さが分からないから、そういう素人の私はあまりしゃべらない方がいいだろう。分かる時にだけ喋ろう。

 

 

花様年華

これのすごいのが、本作でトニー・レオンがカンヌ国際映画祭にて男優賞を受賞。その他、

 

  • モントリオール映画祭最優秀作品賞
  • 香港電影金像奨最優秀主演男優賞(トニー・レオン)
  • 最優秀主演女優賞(マギー・チャン)
  • 金馬奨最優秀主演女優賞(マギー・チャン)
  • ヨーロッパ映画賞最優秀非ヨーロッパ映画賞
  • 2001年セザール賞外国語作品賞

 

など多数受賞し、更には英BBCが選んだ「21世紀 最高の映画100本」で、2位に選ばれているというべた褒めぶり。『2位』って。相当凄いですね!・・しかし私は全く価値がわかりませんでした!退屈な映画でしたね。私はあまり不倫ものが好きではないのかもしれません。不倫ものとか、ウディ・アレンが描く性を大々的に前面に大っぴらに押し出したものに拒絶反応が。これは国民性でしょうか。武士道精神が関係しているのかもしれませんね。

 

不倫

今そこにある危機

CIAのジャックライアンシリーズの第三作。ジャックライアンを『パトリオットゲーム』から引き続きハリソンフォードが演じる。ジャックライアンの脂が乗ってきた時期だ。作中で『ホワイトハウスには一度行った』とあるが、この一度だけ行ったシーンはシリーズ第5作の『エージェント:ライアン』のラストで見ることができる。つまりこの映画はその5作の若い時期から随分と時間が経ち、CIA内部での重要な仕事をこなすまでになっている。重要なポジションにいた上司が病に倒れたこともあって、その代役を務めるまでに。

 

だが、彼はそのCIA内部の人間からなぜか嫌われていた。最初は嫉妬か何かの類かと思ったが、実は・・

 

ジャックライアンシリーズ

  1. レッド・オクトーバーを追え! (1990年)
  2. パトリオット・ゲーム (1992年)
  3. 今そこにある危機 (1994年)
  4. トータル・フィアーズ (2002年)
  5. エージェント:ライアン (2014年)

 

機密情報

レッドオクトーバーを追え!

CIAのジャックライアンシリーズの第一作。だがこの映画の主人公はショーンコネリー演じるソ連の軍人である。この映画は小説が原作だが、冒頭から常にこのようなことが現実にありえたかのような雰囲気を醸し出すので、つい見入ってしまう。デンゼルワシントンの映画『クリムゾンタイド』と同じような状況だから、あれが実話である以上、こういうことがあってもおかしくはない。そのクリムゾンタイドでは、40年以上経った2002年に「当時の我々の認識以上に、我々は核戦争に近づいていた」として、当時そういうことがあったと告白。

 

核戦争が起きる一歩手前を常に綱渡りしていたキューバ危機、冷戦時代というのは、こういうことが起きてもおかしくはないのだ。ショーンコネリーの存在感ある演技も手伝って、リアリティが増している。また、ジャックライアン役のアレック・ボールドウィンは名前こそ売れてないが、名作に多数出演している。例えばミッションインポッシブルでもトムクルーズの上司役を務めるが、そうした重鎮役のイメージも、このCIAの重要人物を演じたことが関係しているだろう。

 

その意味で、今後様々な映画を観ておく際に押さえておきたい一作である。

 

ジャックライアンシリーズ

  1. レッド・オクトーバーを追え! (1990年)
  2. パトリオット・ゲーム (1992年)
  3. 今そこにある危機 (1994年)
  4. トータル・フィアーズ (2002年)
  5. エージェント:ライアン (2014年)

 

一触即発(13デイズ)、冷戦、天才の華麗な(魚雷交わす)、

エージェント:ライアン

これを初めて映画館で観た時は、なぜか私の父親が死んだことを受け入れることができた。私の父親は私が17歳の時に肝臓がんで死んだのだが、若かったせいもあったのか、私があまりにも波乱に満ちた人生を生きていたせいもあったのか、よく夢を見た。その夢では、父親は長期出張しているとか、単身赴任だとか、あるいは離婚していないという、妙にリアルな設定のものだった。

 

だからなのか、私は心のどこかでまだ父親が生きていると信じているところがあった。いや、実際にはそういう妙な現実逃避っぽいことをしていたつもりはないのだが、心底の話だ。受け入れ切れていなかったのかもしれない。だが、この映画を映画館で観た時、なぜか急に

 

あっ、父親は死んだんだ

 

と受け入れることができた。今回久しぶりにその理由をもう一度確認しようと見たのだが、最後まで観ても、一体この映画の何が私にそうさせたのかを知ることはできなかった。これは完全なる個人的な余談である。

 

さて本題だが、実はこの映画が『ジャックライアンシリーズ』の最新版であるということは知らなかった。というか、映画館で観た時はまだジャックライアンが何なのかも知らなかった。以下を見てみよう。

 

  1. レッド・オクトーバーを追え! (1990年)
  2. パトリオット・ゲーム (1992年)
  3. 今そこにある危機 (1994年)
  4. トータル・フィアーズ (2002年)
  5. エージェント:ライアン (2014年)

 

この映画に登場する主人公のCIAの男こそが、ジャックライアンなのである。そして私が個人的に面白かったのは、PSやPCで人気だった『レインボーシックスシージ』というゲームの生みの親も、この原作の生みの親であるトムクランシーという人物だったということだ。色々な映画と、私にとって妙な思い出があるこの映画とが繋がって、何だか興味深かった。

 

だが、この映画自体の評価は低いらしい。クリスパインはこのほかにも、

 

  • スタートレック
  • ブラック&ホワイト
  • イントゥ・ザ・ウッズ

 

などいくつかの映画に出ているが、これらすべてがヒットとは言えず、『ワンダーウーマン』でようやく『相手役』という主人公の脇を固める人間の役として、影響力を持つ。私自身は別にそこまでクソ映画という印象は持たないのだが、やはり作品に恵まれなかったのか運が悪いのか、彼は一流タレントとは言えない印象がついてしまったようだ。だが、まだまだこれから。諦めずに常に活躍し続けているので、今後巻き返す可能性は十二分にある。

 

この作品自体も別につまらなくはなかった。ジャックライアンの過去という事実を知らなくてもスリルを味わえる、見応えのある映画だったと言える。

 

 

騙し通せ

『危険な情事』

とにかく相手の女性役のグレン・クローズが完全にはまり役である。タイトル通り、してはいけない男女関係をしてしまった男女、いや男性の物語である。時代背景は特に決められていないようだが、87年の映画ということもあって好景気真っただ中と言えるだろう。そのせいか、絶好調だった日本の波が映画にも影響していて、日本人をいじるシーンがいくつか見ることができる。やはり、彼らにとって『お辞儀』というのは興味深い異文化の習慣なのである。

 

さて、なぜ男女関係があったのに『男性の物語』なのか。それは、この女性があまりにも『危険』だからであった・・。

 

手を出すな(恐怖のメロディ)、犬が可愛い、子供が可愛い、狂気、許されない恋愛