『ヒト』を最適化しよう。(リニューアル中です…。)

D・デックス『女には、どうしてもわからないテーマが一つある。男は仕事に注ぐだけの熱情をなぜ家庭にそそげないのか、ということだ。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

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ふむ…。

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考察

私は未婚だが、生まれてからずっと女性と触れ合ってきている。母親である。母親のことは当然、『母親』という特別なカテゴリーに振り分ける為、女性としては見ない。

 

いわゆる反抗期と呼ばれる、自我が発達してくるころ、父親が男性で、母親が女性であるということをしっかりと認識してきて、その後10年ほどかけて、今度は自分がその両親に、なにかして返すようになってくる。そう考えたら、あらゆる母親がいる人間は、女性のことを知らないということでは済まされないということだ。

 

私の話を軽くするが、私は彼女にずっと憤りを感じていた。彼女は私に、自分の愛する信仰を、強要してきたのだ。これだけは、忘れようと思っても忘れられない過去であり、そして前に進むために忘れる必要もない、絶対的な事実である。

 

信仰

 

そして、それに反抗すると『反抗期』と呼ばれ、すべての不祥事やトラブルが自分の責任だと押し付けられた。それから15年経ち、実に波乱万丈な人生があった。そして、30歳間近になってから10年ぶりに、母親としっかりと向き合う時間を設ける機会に直面した。すると、私の目には母親はすでに、

 

『母親の仮面をかぶった、一人の女性』

 

にしか見えなかったのである。母親が後退した?母親が激変した?いや違う。私が成長したのだ。ただそれだけなのだ。

 

するとどうだろう。相も変わらず、彼女には捻じ曲がった考え方が抜け切れていなかった。私が無宗教で、宗教についてトラウマにも似た拒絶反応があるという事実を無視し、私の前で、食事の前に祈りを始めたのだ。

 

15年前だったら家を飛び出しただろう。それは、母親を、『母親』だと思っていたからだ。つまり、『依存』していた。両親と自分は一心同体のはずで、その両親と自分の心が、一つではないという事実を目の当たりにしたとき、それを受け入れられなかったのだ。

 

だが、時は流れた。本当にいろいろあった。そして、彼女もまた、母親であると同時に、一人の女性であるという事実に、ようやく自分がたどり着いたのだ。そして私は、彼女を母親としてではなく、

 

『母親であり、女性でもある』

 

と心底から思って接することで、いくつかの衝突はしたが、それを乗り越え、今、人生で一番、彼女と向き合えていると心底から言えているのである。

 

女と男は、そもそも脳のつくり(使い方)が違う。原始時代から役割が違うし、生きてきた環境も、違うのだ。つまり、『同じ人間』というカテゴリーの中でも、『男性』と、『女性』、そして、『小人』と、『大人』というカテゴリー分けをするのと同じで、それぞれを違う扱いをしなければならないのだ。

 

全ての人を、『同じ人間』だと扱うのは、『基本的人権の尊重』という意味だけでだ。あとは違う。だから、男性は女性の特性を、女性は男性の特性を理解して、足りない物を補い合って、支え合って生きていくことが、望ましいのである。間違っても、押し付けてはならない。自分の考えがいくら正しいと思っても、それは、相手のような特性を持つ世界の常識からすれば、正しくはないことが、あるからだ。

 

 

 

MEMO
※この文章は全て運営者独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
運営者 一瀬雄治(Yuji ichise.)の半生

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