『ヒト』を最適化しよう。(リニューアル中です…。)

寺山修司『人生の暗い部分を見ない人間には、その深さはわからない。』

名言と真剣に向き合って、偉人の知恵を自分のものにしよう!

ふむ…。

運営者

考察

小説家、開高健は言った。

 

しかし『遠回り』というのは実は幻想で、実際はそれが『最短距離』だ。

 

ホイットマンは言った。

 

人が、『人』に成る為には人の道を知る必要があり、その道を知るために必要なのは、俯瞰的な視野である。上からでなくてもいい。とにかく俯瞰で見て、(あっ、あの人は逸れた)という感覚を養うのだ。するとその後は、面白いようにその感覚通りに、周りの人の動きが読めるようになる。人の動きが読めるようになり、人の道がわかるようになれば当然、人間の儚さ、虚しさ、そして尊さを知ることになる。

 

電力王、松永安左エ門は言う。

 

人間が進化し、真価を発揮する為には、『深化の時期』というものが必要なのだ。ブタが真珠を見ないように、ネコが小判を見ないように、人も浅薄な思慮の内には、人生の真価を見出すことは出来ない。

 

真価

 

『人生の暗い部分を見ない人間には、その深さはわからない。』

 

私の知人には『親にひどいことをされて育った』と自覚する人間が大勢いる。彼らはここで言う『人生の暗い部分』を知っている人たちだ。寺山修司の言葉が本当であれば、彼らはとても共感力があり、人に対して親身になって配慮することができる、博愛に満ちた優しい人である。

 

だが、私が見る限り彼ら、彼女らがそういう人には見えない。私はそういう人を大勢知っているのである。いやもちろん、私自身はこの言葉の意味がよくわかる。だからホイットマンの言葉を人生のどん底で知った時、とても救われたのだ。

 

しかし、残念ながら私の知人には、例えば『懲役刑』を食らっている人がいる。人の気持ちを踏みにじったり、過信して人を見下したり、そういう人が多くいるのが現実である。彼らは皆、不遇の思いを知っているはずである。しかし、だからといってそういう人間が皆、人の心を理解できる人格者になれるとは限らないのである。

 

不遇

 

私の部下も、幼少期に兄を事故で亡くしている。それ以来彼は、被害者意識を身にまとうようになり、33歳になった今でも現在進行形で自堕落な生活を続けているのが現実だ。

 

僕は一生現実逃避をして生きていきます。

 

と宣言した10年前。それを言われた指導者たる私は一体、どのような態度を取れば良かったと思うだろうか。私は屈さず、10年間彼に助言・指導をし続けた。殴ったし、踏んづけたし、日本の世界遺産を全て見て回って、富士登山もした。

 

『四聖』に数えられる、

 

孔子

孔子

ソクラテス

ソクラテス

ブッダ

ブッダ

キリスト

キリスト

世の偉人たちの教えを説いた。

偉人

 

しかしつい先日等々彼は、『結婚しない、子供もあきらめる』という代償とともに、自堕落な人生を生きていく道を選択したのだ。

 

『人生の暗い部分を見ない人間には、その深さはわからない。』

 

私自身は寺山修司の言葉をよく理解できる。だからこそ部下にも、『お前には逆にそういう資質があるんだ』ということを、再三再四、言ってきた。

 

では、この言葉は万人に共通する言葉ではないのだろうか。もし、『いや、万人に共通する言葉だ』と言うのであれば、見るべき点は、『人生の暗い部分を見ない人間』という部分である。彼は、『見ない』選択肢を選んでいる可能性が高い。つまり、現実逃避宣言をした彼は、自分の汚点や見たくない過去を隠蔽し、見て見ぬふりをすることで自分にふりかかるダメージから逃げ続けている。

 

自堕落

 

それならば、逃げ癖がついている彼の人生態度にもつじつまが合う。彼は、見たくないものから逃げ続けることで精神安定を保ち、何とかして生きながらえようとしている可能性があるのだ。私の多くの知人もそうして考えれば、確かにつじつまはあう。『見る』のだ。直視する。それはまるで、死体や排泄物を直視するおぞましさに似ていて、とても不安定になることだ。だが、人は自分の運命から逃げることはできない。

 

ルソーは言った。

 

 

 

MEMO
※この文章は全て運営者独自の『名言を通した見解』です。一つの参考として解釈し、言葉と向き合い内省し、名言を自分のものにしましょう。
運営者 一瀬雄治(Yuji ichise.)の半生

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