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シビアな人ほど現実を見ている


よく、シビアな人のことを、『あの人は厳しい人だ』と批評する人がいる。だが、それは本当に『厳しさ』と『優しさ』の意味を理解しているかどうか、怪しいところだ。本当の厳しさ、本当の優しさについては以前書いたのでここには書かないが、そもそも『シビアな人ほど、現実を見ている』という定義が当てはめられるということを、理解するべきである。

 

シビアな人ほど現実を見ている。現実を見ている人は、シビアになる。つまり、現実というものは、シビアな(厳しい)ものなのだ。

 

それに比べて、シビアじゃない人とは、『現実逃避をしている』とまでは言わなくても、『現実を直視していない』、あるいは『無責任』に近い状態である。それは、会社や学校、家庭で考えればわかりやすい。

 

会社で言えば、シビアな人ほどヒエラルキーの上にいる。結局は利益を追求する会社という組織の中で、主体的で、感情を自律できる冷静沈着で聡明な人間ほど、会社の舵を握る上司に相応しい。先見性と理念があり、使命感に燃えている人間こそ、世に求められている経営者だ。

 

シビア

 

それに比べて、部下に行けば行くほど、誰かが何とかしてくれるという新入社員気分で、反応的な人間が多い。彼らはアフター5や、週末に何をするかで頭がいっぱいの、浮ついた状態だ。『厳しい人』を避け、『厳しい人』に怒られることも、多いだろう。だからいつまでもヒエラルキーの下にいるのだということを、わかっていない。

 

もちろん彼らもシビアになることができれば、すぐに上にいくことができるが、大人になってぬるま湯につかりすぎたら、抜けだすのに時間がかかる。特に、周囲がそういう人間ばかりだと余計にそうだ。そういう人間は、強制的に向き合わされる日が来るのを待つしかないだろう。

 

  • 『もう30歳、40歳、50歳』といった年齢による強制的な力
  • 結婚や出産、転職や退職等による同僚達との別れによる強制的な力
  • 妻や子供、家族の死といった人生最大のストレスによる強制的な力
  • 逮捕、病気や借金といった有無を言わさぬ強制的な力
  •  

    とにかく、『外部』からの圧力が加わらなければ抜け出せない。ちょうど、外部のその大きな力、が自分たちのいるぬるま湯の浴槽に、『冷や水』を入れるか、『熱湯』を注ぎこむか、というイメージで、それによってようやくぬるま湯から抜け出せるのだ。

     

    シビア

     

    だが本当は、自分の人生の浴槽くらい、自分で温度の調節ができるようにならなくてはならない。それを『主体性』と呼ぶのだ。

     

    学校はというと、生徒と教師の責任感の有無は一目瞭然だということは誰にでもわかる。実に多くの生徒はのんきなものだ。青春時代を思う存分満喫することで頭がいっぱいだ。それに比べて教師たちは、大切な子供や、その将来を預かっているのだから責任重大。そしてもちろん、生徒の中でも責任感が発達している人は、生徒会長になったりする。シビアな責任感を持ち合わせているからこそ、ヒエラルキーの、上にいくのだ。

     

    家庭も同じだ。思春期は、どうも親が口うるさく感じるものだ。やれ『勉強しろ』だの、『無駄遣いするな』だの、子供の生活において、何から何まで見逃すつもりはない。だが、母親は、家庭を守っていく使命を背負っているのだ。経済的なこと、教育的なこと。そして父親は、家庭を創っていく使命を背負っている。父親の稼ぎいかんに、家の形や環境、ライフスタイルが、大きく影響してくる。そんな両親とは、子供とは比べ物にならない、重大な責任を背負っているのだ。

     

    子供はのんきなものだ。経済的なことや、親の弱みを知らないまま思春期を迎える子供が多い。両親が、子供に負担をかけたくない一心で、厳しい現実を全て背負っているから、そういう家庭が多いのだ。育児をする母親は、シビアだ。青春時代は化粧もしただろう。人目も気にして気取っていたこともあっただろう。だが、育児の責任感がある母親ほど、強く、図太い。

     

    シビア

     

    つい最近、風俗嬢がホスト遊びの為に邪魔だといって、自分の子供を部屋に放置し、餓死させた事件があったが、彼女を見ればわかるだろう。現実から目をそらし、受け入れる覚悟が無い人ほど無責任で、シビアになりきれない。

     

    戦時、戦後、まさに生きるか死ぬかという毎日が戦場のような時代、日本一丸となって無我夢中で生きた、今のおじいちゃんおばあちゃんの世代からすれば、80年代以降に生まれた世代、つまり、バブルがはじけた後に生まれたバブル後世代、ゆとり世代、つまり、『保守的に、ぬくぬくと、ただ生きてればいい』として育った人間のことは到底理解できないだろう。

     

    シビア

     

    ジェネレーションギャップがありすぎるのだ。戦争も、大きな経済崩壊も知らないこの世代は特に、自分で自分の温度を調節できるよう、セルフコントロール能力を磨かなければ生きていけないだろう。GDPを他国にみるみる追い抜かれ、高度経済成長を遂げた戦後の日本が、まるで幻だったかのような、そんな時代がきてしまうかもしれない。だから、今度その言葉を言うときは、その意味をよく考えてから使った方がいい。

     

    『あの人は厳しい人だ』。

     

    この言葉は批判的な言葉ではなく、『あの人は現実を直視し、現実に生きる覚悟がある、腹の座った人だ』という、称賛的な言葉なのだ。そういう人が、今までも、そしてこれからも、未来を創っていく人間なのだ。過去の世代に負けるなんて情けないことがあってはならない。80年代以降に生まれた人間よ、震災という大きな力も動いた。今こそその底力を見せるときである。我々なら絶対にできる。

     

    やる前からできないとか言ってる奴…マジダセえ。

     

     

     

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    by:一瀬雄治 (Yuji Ichise)
    1983年、東京都生まれ。


    シビアな人ほど現実を見ている

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