名言を自分のものにする

 

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シマウマの縞 蝶の模様

■著者:ショーン・B・キャロル


マクロ(宇宙、時間、心)からミクロ(DNA、粒子)まで、人生を考えるときはその隅々にまで目を向ける必要がある。


例えば、蝶やシマウマの綺麗で不可思議なデザインから、目が一つしかない『単眼症』、指が一本多い『多指症』、ひいては、『結合双生児』に至るまで、生命の不思議なデザインは、一体何が起因となっているのか。


エボデボ(進化発生生物学)分野のスーパースター、ショーン・B・キャロル教授が、DNAレベルのミクロサイズで、何億年という時間のマクロな単位でそれを紐解き、分析する。


『エボデボ革命の最初の衝撃が明かしたのは、複雑な形態をした動物は、見かけや生理機能の違いを超えて、どれもみな共通の『マスター遺伝子』という『道具箱』をそなえているということだった。


ハエも小鳥も恐竜も、三葉虫も蝶もシマウマも人間も、その胴体や体の器官の形成やパターンづくりを支配する遺伝子群は同じということなのだ。』

─抜粋


全ての生命にある『マスター遺伝子』が、何十億個ものDNA配列の方向性の違いによって、その生命体に適した方向へとスイッチを切り替えて、生命のデザインが創られる。


例えば、蝶の目玉のマークや、シマウマの縞は、外敵から身を守るための"擬態"が根幹である。その生命体に必要なDNA配列が、組み立てられるのだ。


DNA配列とは言わば、家で言えば、『基礎』の部分である。その上に柱(人格)や、骨組み(人体)ができ、家が完成する。その『基礎工事』のときに、もし設計上での、想定外のハプニングがあれば、その家は、設計図通りに建てられるだろうか。


例えばヒツジの『単眼症』ならば、母ヒツジが『アメリカバイケイソウ』という植物を食べてしまったことで、それに含まれる『シクロパミン』という物質が、それを巻き起こしてしまうことが判明している。

妊娠中のアルコールや、ニコチン、もちろん薬物の摂取による弊害が、どれほど危険なことかが、再確認できるだろう。『枯れ葉剤』や、『放射能』も、『結合双生児』に深く関係がある。


自分の目には見えなくても、DNAレベルに、どれだけの影響を与えてしまうかということは、人として絶対に知っておかなければならない。

残酷な真実ではあるが、この事実を、少年少女が非行に走る前に、教育していく必要もあるだろう。

実際に少年時代、多くの葛藤を抱えた私でさえ、この事実を知っていたら、DNAの配列を乱しかねない一切の外部要因に対し、責任を感じて、慎重に選択したに違いない。


また、ヒトとチンパンジーの遺伝子は、99%同じだという話は有名だが、DNAレベルでいうと、実に『3600万DNA塩基体』の違いがあり、そう考えたらヒトとチンパンジーの圧倒的な違いにも、うなづける。

DNAレベルで言えば、人間の親子以外、つまり他人との違いは、『300万塩基体』であるという。

同じ種族で、同じ様に見えても、同じにはならない不可思議は、ミクロのレベルまで落とし込めば、おのずとうなずいてしまう。


現在の地球で現存する動物は、実に何100万種と言われているが、それでも過去5億年に生誕していた、何10億種という多様性の、1%にしかすぎない。


我々の一つ一つの小さな行動が、やがて、この多様性を損なうような取り返しのつかない大きな結果を生むと分かれば、この世に『大したことはない』と、邪険にする物事など、ないということがわかる。

また逆にこれは、自分のする些細な善い行いが、大きな結果へと続く確かな一歩であるということの、れっきとした証なのである。


『科学』と『宗教』は、長い間対立することが多かった。

科学の発展が今よりもうんと未熟だった頃、曇天に轟々と鳴り響くカミナリでさえ、神が宿ると言われていた。


例えば、科学と宗教とのバランスが、科学『0』、宗教『100』だった時代、この世のあらゆる森羅万象は、『神』による創造だったと考えただろう。

だが、科学『100』、宗教『0』という時代が来た場合、この世のあらゆる森羅万象は、『科学』によって論理的に説明されることになるだろう。


神学と科学との関係に関心をもっているジョン・テンプルトン財団の理事長チャールズ・ハーパーが、最近になって科学誌『ネイチャー』に寄稿し、『科学の知見が増大しつつある時代にあって、科学知識の"欠落"に根差した宗教への肩入れは、そうした欠落が埋まればおのずと萎んでゆくだろう。

現在は進化学に戦いを挑んでいるキリスト教徒たちも、やがては進化学に本気で向き合わねばならなくなる』と発言したという。


ダーウィンの『進化論』を否定する『創造論者』の生化学者、マイケル・ベーエが出版した、『ダーウィンのブラックボックス──生化学から進化論への反論』で、『ブラックボックス』、つまり"不透明で未解明の部分"を武器として突いたベーエの論拠の破綻を、進化生物学にも造詣が深い権威ある生物学者、スコット・ギルバートは、次のように要約している。


『創造論者に言わせれば、進化学と遺伝学を総合しても、魚が両生類になり、爬虫類が哺乳類になり、霊長類が人類になったことは説明できないという。……ベーエは、新しい分類群の創造を遺伝学では説明できないことを『ダーウィンのブラックボックス』と呼んでいる。そのボックスを開ければ、神が存在する証拠が見つかるとベーエは信じているのだ。

しかし、ダーウィンのブラックボックスの中には、単に別のタイプの遺伝学である発生遺伝学が入っているにすぎない。』


創造論者たちは熱くなるあまり、聖書にある、『汝隣人に関して偽証することなかれ』という金言を忘れてしまっているのではないか。

一部抜粋


ミクロからマクロまで、この世が"壮大すぎる"故、人間は、その全容の解明に大きな時間や労力、そして創造を働かせることを、余儀なくされる。

どちらにも偏りがない私が無責任にこのことについて意見をするならば、もしこの世の全てを科学で証明することができても、その『科学』自体を、『神』が創造したと言われてしまえば、この話は永遠に、終わることはない。

 

そこで私は個人的に、こう考えることにしている。


『何が真実だか知らないが、それが真実かどうかは、自分で決める。生きている間にどこまで真実を確信できるかわからないが、生きている以上、そのことに命を懸けて費やし、この命を使い切り、それを、子孫へと繋いでいく。それが、自分に出来る全てだ。』


こうした一つ一つの問題と主体的に向き合う事が、自分の人生の、使命だと思っている。

 

 

 


[初読年齢 29歳]

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)


シマウマの縞 蝶の模様

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