名言を自分のものにする

広告

 

> > > >

 

孔子『私と同じ境遇の人はいるかね。あまりにも人と話が合わないので多趣味になったのだ。』


孔子の言葉


儒教の始祖 孔子(画像

 

私も、悪友と毎日遊んでいる時代は、そこまで趣味は無かった。 趣味というより、金と時間さえあれば何をやっても楽しかったし、イベントを探してはそれに参加して酒を飲めば、往々にしてそれで満たされていた。

 

しかし時間は流れる。金もそれでは貯まらない。何か秀でるスキルも身につかない。 それでも、悪友がいればそれで十分だと思うのだが、彼らの人生の時間も前に進んでいるわけで、例えば、結婚をしたり子供が出来たりする。

 

そうすると、もうそれまでの様な遊びは当然出来なくなるし、むしろそれはしない方が良い。だが、だからといってそれに合わせて結婚をしたり子供を作るということは違う。従って、そこに空白の時間が出来るようになる。

 

あるいは、そういうことを人一倍考えた時、見える人の道や、人生の生き方が何であるかを知るようになる。それでもって悪友にそれを告げるが、しかし彼らは聞く耳を持たない。

 

だとしたらどうするか。それでも自分の心にある『違和感』を無視して、悪友と遊び続けるか。しかしそれにも限界がある。いずれそんな彼らも結婚するとか、仕事が忙しいとか、様々な理由で、それはそれは『自分勝手』に集団を去るだろう。

 

彼らは『自分勝手』だとは思っていない。『当然だ』と思っている。そこまで考えると見えて来る。この集団は、最初からただの『悪友集団』なのだと。誰かの本音や、心の叫びなどどうでもいい。それよりもむしろ、自分の人生が完成するまでの間に慰め合う、愛人の様な存在なのだと。

 

私は『愛人』を作らない主義だ。それがわかったとき、私は彼らのニーズに合わせるよりも、自分の意見を主張して前に進む選択肢を選んだ。すると当然彼らとの間には『ズレ』が生じて来る。(お前がそういうことさえ言わなければ、今まで通りスムーズだ)という空気が流れる。

 

こういうことは、孔子の身にもあった。孔子は今でこそ中国を代表する大学者や聖人とされているが、同時代人の多くからは、出来もしないことをしようとしている身の程知らずや物好き扱いされていたのだ。(憲門第十四-四十)

 

『赤信号だぞ、止まれ!』と言っても、

 

 

皆が渡っているから、皆は止まることが出来ない。しかし、『赤信号は止まれ』のサインなのである。

 

それ(真理)を言う人が意見を変えることは、絶対にない。しかしそういうことを突き詰めている人は、往々にして『浮く』。孔子がそうだと書いたばかりだ。当然、ソクラテスもキリストも、『浮いた』ことで処刑された。ブッダも、カースト制度を否定したバラモン教が浸透していた周囲から、『浮いた』。

 

『偉大であるということは誤解されるということだ。』

byエマーソン

Pythagoras was misunderstood, and Socrates and Jesus, and Luther, and Copernicus, and Galileo, and Newton, and every pure and wise spirit that ever took flesh. To be great is to be misunderstood....

(誤解されるのはそんなに悪いことだろうか。ピタゴラスは誤解された。 ソクラテスイエスルターコペルニクスガリレオ、そして、ニュートンも誤解された。古今のあらゆる清純で賢明な魂も誤解を受けた。 偉大であるということは誤解されるということだ。)

 

 

彼らとの時間を失ったことで(失ったというと何かこう下向きな匂いがするが、それは全くない)、その時間に『空白』が出来た。そしてその空白を利用し、様々なスキルを身に着けた。

 

それは仕事ももちろんそうだし、例えば日本の世界遺産を全て見て回り、たくさんの本を読み、映画を観て、ゲームをし、運動をし、温泉に入り、あるいはこうして、文章を書いて、偉大なる人間達との対話をすることが出来た。

 

それに、長い間親との間にあった宗教に対する問題や因縁も、生まれて初めて、極めて和解に近づく結果に結びつけることが出来た。人生を、思う存分に旅することが出来た。そしてまだまだこれからも旅は続く。

 

孔子の言葉を通した内省は、ひとまず今日で終わる。

 

佐久協(さくやすし)氏の『論語の教え 孔子のことばセレクト119』』が、 この内省の参照元であった。29歳~31歳という年齢で彼ら四聖と向き合ったことは、私の人生に大きな影響を与え、そして人生の黄昏時に悔いを残さないだろう。

 

 

参照:牢曰く、子云う、吾れ試いらず、故にげいあり。

(子牢第九-七)

 

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、オーナーが独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

著者:一瀬雄治 (Yuji Ichise)

 

シェア

 

スポンサーリンク

 

関連する黄金律

黄金律

この言葉に関連する『38の黄金律』。この名言と同じ的を射た他の名言があります。

 

 

 

9.『他と違うことは恥ではない。誇りだ。

他と異なることで迷うことなど何もない。元より、唯一無二の命なのだ。例えば、それだけでそこには競争優位性がある。


>>続きを見る

 

10.『どれだけ生きるかではなく、いかに生きるかが重要なのだ。

生命が、その命を度外視してなし得ることは、尊い。


>>続きを見る

 

11.『この世には、自分にしか歩けない道がある。その道を歩くのが人生だ。

自分のこの命を何と心得る。この広漠とした果てしない宇宙、過去、未来永劫という甚大な規模において、唯一無二なのだ。


>>続きを見る

 

12.『『生きる』ということの本当の意味とは。

『生きる』というのは命の躍動だ。命の浪費ではない。


>>続きを見る

 

 

関連する記事

黄金律

『人生は儚い。だが、だからといってそれがくよくよと下を向いて生きていく理由にはならない。儚いからこそ尊いのだ。』

 

黄金律

『我々は『たった一度の人生を生きている』のだ。』

 

 

黄金律

『よいお年を?違う。悔いのない人生を。』

 

 

黄金律

『このたった一度の人生で、悔いが残らないと心底から思える道を知っているのは、この世でたった一人だ。』

 

黄金律

『この世に決まったレールなど最初からない。あるのは地球だ。そして命の日数だ。その中でどう生きるかだけだ。』

 

黄金律

『我々は、老年になる為に生きているのではない。命を使い切る為に生まれたのだ。』

 

 

 

 

孔子『私と同じ境遇の人はいるかね。あまりにも人と話が合わないので多趣味になったのだ。』


偉人の名前や名言を検索

 

おすすめ関連記事

 

 

↑ページの上部へ

スポンサーリンク

 

同じカテゴリーに属する他の記事


『人生は川の流れと同じだ。我々は、大河の一滴である。』

 

『迷い、憂い、恐れ。1+1の答えを言うときにその感情があるかどうか考えると良い。』

 

『物事を成し遂げようと思ったら、別に自分の代だけで終わらない時もある。』

 

『”力”に屈するな。力づくで何かを捻じ曲げようとする気持ちも、その範囲内だ。』

 

『私はぶら下がったままで誰にも食べられないニガウリでは終わらない。』

 

『”先生”が”後生”に抜かれたらシャレにならんぞ。』

 

『自分より人格的に劣った者を”友”としてはならない。』

 


広告

 

↑ PAGE TOP