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ブッダ『浮ついた自己アピールによって、自分の格を下げるな。』(超訳)

仏教の開祖 釈迦画像

内省

『延長自我』とは、聞かれもしないのに自分のことをひけらかし、自分を大きく見せようとする、人間の浅ましい心のことである。『延長』というのは『線から出ている、一線を越えている』という意味。本来の自分の身分を、不相応に超えてしまっているということだ。

 

この世には、『パラドクス(逆説)』がたくさんある。自分が『得』だと思っていても、『損』になったり、『損』だと思っても、『得』になったりする。『押す』ことが良いと思っても、『引く』ことが求められていたりして、『引く』のが良いと思っても、『押す』べきだったと後でわかる。

 

もし、自分の人生で、『自分を評価してくれる人』が自分、あるいは自分のごく近しい身内しかいないのであれば、パラドクスが発生しているのかもしれない。例えばこの『延長自我』について言うならば、その目的は、『自分を認めてもらう』ということのはずだ。それを、周りが評価するのが待てないから、自分でやってしまう。そして格を下げてしまう。それでは『目的』を達していない。

 

そういう人間は、『目的を達成する』という、仕事、人間関係といった人生において最も重要な幾多の問題解決を果たすことが出来ない。自分だけが満足すればそれでいいという、『自分勝手で無能』な人間の烙印を押されてしまうのだ。

 

そのパラドクスについて一度立ち止まって考えるのだ。『逆』をいくべし。そもそも、『評価されたい』という願いを押し付けている時点で、間違っているのかもしれない。『自分なんてまだまだ評価に値しない』そういう心構えを持っている人間こそが、本当に認められる人間であることから、目を逸らしてはならない。それが、『子供』から『大人』へと昇華するための、決して外せない人生の要点だ。

 

 

注意

※これらの言葉は参考文献や史実に基づき、運営者が独自の見解で超訳し、自らの生きる糧、自らを戒めるため、内省の為に日々書き留めたものです。史実を正確に把握したい方は正当な書物をご覧ください。

参照文献

仏典

経集782。

関連する『黄金律

『人の評価に依存することの愚かさを知れ。依存しないなら強い。』
『人間が戦うべき相手は外にはいない。「内」にいるのだ。』
『アウトサイド・インではない。インサイド・アウトだ。』

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